太陽系ハビタブル惑星の成立を探る火星衛星探査計画 MMX - 特集「火星圏のサイエンス」
特集「火星圏のサイエンス」

倉本圭(北海道大学/JAXA)、川勝康弘(JAXA)、藤本正樹(JAXA)、玄田英典(東京工業大学)、平田成(会津大学)、今村剛(東京大学)、亀田真吾(立教大学)、松本晃治(国立天文台)、宮本英昭(東京大学)、諸田智克(名古屋大学)、長岡央(JAXA)、中川広務(東北大学)、中村智樹(東北大学)、小川和律(神戸大学)、大嶽久志(JAXA)、尾崎正伸(JAXA)、佐々木晶(大阪大学)、千秋博紀(千葉工業大学)橘省吾(東京大学)、寺田直樹(東北大学)、臼井寛裕(JAXA)、和田浩二(千葉工業大学)、渡邊誠一郎(名古屋大学)、MMX study team

※ この遊星人記事は、日本惑星科学会遊星人編集専門委員会より許可を得て掲載しております。
 

要旨

火星衛星 Phobos(フォボス)からのサンプルリターンに挑む火星衛星探査計画(MartianMoonseXploration: MMX)は,現在,宇宙航空研究開発機構(JAXA)プリプロジェクトとして,2024年の打ち上げと 5 年の往還期間を設定し,精力的な検討・初期開発が進められている.MMX は,サンプル分析,Deimos(デイモス)を加えた火星衛星の近接観測,そして火星大気および火星圏のモニタリング観測を組み合わせることにより,惑星に寄りそう衛星という切り口と視座から,太陽系における大気と水を湛えたハビタブル惑星の形成と進化の解明に迫ろうとしている.
 

1. はじめに

火星衛星のサンプルリターンミッションである火星衛星探査計画(Martian Moons eXploration : MMX)は,我が国の宇宙基本計画 [1] において戦略的中型宇宙科学探査計画 1 号機に位置づけられ,現在,JAXA プリプロジェクトとして,システム・機器・運用・データ処理・サンプル分析等の検討と初期開発が精力的に進められている.MMX は,はやぶさの拓いた我が国の小天体サンプルリターン探査の優位性を伸ばし,かぐや(月)やあかつき(金星)で培ってきた我が国の重力天体探査の火星への拡張を狙う連続性と展開性を有し,2015年に宇宙科学研究所内で実施された予備調査を経た後,戦略的中型探査計画として採用されるに至った.

火星衛星のサンプルリターンミッションは,これまでにも旧ソ連とロシアによって試みられたが,いずれも技術的な不具合の発生によって失敗に終わってきた.そして,その代替計画は,実現の見通しがたっていない.そんな中,MMX には海外の研究者や宇宙機関から強い関心が寄せられており,科学面はもちろん,技術交換・設備供与・一部観測機器の提供など,多岐の協力関係が結ばれつつある.こうした国際協力の拡がりは,火星衛星探査に科学者や技術者を惹き付ける魅力が備わっていることの証左と,我々は受け止めている.

本稿では,MMX のこれまでの概念検討の最新の結果について,主に科学面に焦点を当てて解説する.なお,本稿は現時点における MMX 計画の検討結果をまとめたものであり,今後変更が加わる可能性があることには留意されたい.
 

2. Phobos, Deimos と火星

太陽系全体で見れば衛星の総数は膨大だが,地球型惑星に絞ると,衛星を持つものは地球と火星に限られ,数も合計3つしかない.地球の月は,地球も経たであろう初期の大規模溶融と多数の天体衝突現象の痕跡をとどめ,その詳しい調査から,月ひいては地球の起源と初期進化に対し幾多の重要な制約や知見がもたらされてきた.MMX の目指す火星衛星 Phobos と Deimos からも,衛星自体はもちろん,その母惑星火星の形成と進化について,ユニークな制約を得ることができると期待される.

地球の月と比較したとき,Phobos と Deimos のもっとも目立つ特徴はサイズ・質量が小さく,またアルベドが低いことである(表 1).

表 1. 火星衛星の主な性質
[JPL Solar System Dynamics [4] のまとめによる]

パラメータ Phobos Deimos
質量 [kg] 1.066×1016 1.476×1015
サイズ [km] 1) 13.4×11.2×9.2 7.5×6.1×5.2
平均密度 [g/cm3] 1.872±0.076 1.471±0.166
軌道半長径 [火星半径] 2.76 6.92
軌道離心率 0.0151 0.0002
軌道傾斜角[° ] 2) 1.075 1.788
幾何アルベド 0.071±0.012 0.068±0.007
備考1)楕円体近似三軸半径,2)対Laplace面

 

反射スペクトルは赤化傾向を示し,揮発性物質に富む炭素質隕石の母天体に相当するとみられる D 型小惑星やT型小惑星のそれに似ている [2].これらの事実は,火星衛星が火星軌道より外側の領域で生まれた,始原的な小惑星の捕獲により形成されたとする捕獲説を示唆する.ただし反射スペクトルのみから天体の組成や起源を断定するのは危険であり,実際に,強い宇宙風化を受けた月面の斜長岩地殻が,火星衛星同様の反射スペクトルを示す例 [3] が知られている.

飛来した小惑星の捕獲には,接近遭遇時に火星に相対的な軌道エネルギーが減衰することが必要である.減衰を引き起こす抗力源には,火星を取り巻く原始大気,特に原始太陽系星雲ガスを原始火星の重力で束縛したものが候補に挙げられる.そのような仮定を置いた解析 [5, 6] によれば,飛来した小天体の一時的な捕獲は珍しい現象ではない.しかし原始大気に自転運動がないか,弱い場合には,捕獲天体はガス抗力によって軌道半径が徐々に縮小し,最終的には母惑星に落下してしまう.そして軌道傾斜は遭遇時の値からほとんど変化しない [7].原始大気に十分な回転運動があればこの問題は緩和されるが,そのような運動が生じうるか現時点では定かではない.

他方,火星衛星の軌道は地球の月のそれに似ており,離心率・軌道傾斜ともに極めて小さな,ほぼ完全な赤道円軌道となっている(表 1).この事実は,むしろ原始火星に生じた巨大衝突によって放出された破片が,火星の周囲で再集積して衛星が形成されたとする巨大衝突説に立つほうが説明しやすい.最近の数値シミュレーション研究 [8] によれば,火星衛星の形成には,失われたもう一つの衛星の形成が重要であった可能性がある.このシナリオによれば,衛星の巨大衝突により形成された破片円盤から,火星近傍に巨大な衛星が形成され,その重力の作用によってより外側を周回する破片の軌道が乱される.こうして破片同士の軌道交差が促された結果,小衛星が二つ誕生し,内側の巨大衛星はその後の潮汐軌道進化によって火星に落下して失われる.

巨大衝突起源の場合,Phobos と Deimos を構成する物質は,原始火星のマントル由来物質と衝突天体由来物質の混合物となり [9],火成岩的な組織・鉱物組成になると予想される [10].ただしこうした物質が宇宙風化によって,現在の火星衛星と同様の反射スペクトルを示すようになるのかは検証されていない.現状においては両起源説とも確定的とは言えず,決着をつけるには新たな調査が必要である.

両衛星を従える火星は,太陽系においてもっとも地球に近い表層環境を有する惑星である.バレーネットワークやアウトフローチャネルなどの流路地形は,30 億年前から 40 億年前の過去に,大量の液体の水が火星上に存在していたことを示唆する.近年の軌道上からの高精細スペクトル撮像 [11] や,着陸機による堆積岩のその場調査 [12] からも,生命の生育が可能な組成の液体水が,過去の少なくとも一時期に広範に存在していたことが裏付けられてきた.他方,火星は衝突クレーターに富む太古に形成された地域を保存しており,岩石型惑星における大気水圏の形成と進化をつぶさに辿ることの可能な無二の惑星である.

地球の約半分という火星の直径と,火星隕石中の消滅核種の痕跡を用いて推定された,太陽系最古の固体粒子の形成から数百万年以内という火星の形成時間 [13] は,惑星形成論の予測する原始惑星の特徴 [14] に近い.原始惑星とは,各々の局所的な軌道範囲内にある微惑星集団内において,暴走的な集積成長を起こして形成される天体を指し,地球型惑星領域におけるその典型サイズは月から火星サイズである.地球や金星は,これらの原始惑星がさらに相互の巨大衝突を何度か起こし,最終的な質量まで成長したものと考えられている.火星隕石にみられる消滅核種の関与する同位体系の組成的多様性は,火星マントルの攪拌が不完全であったことを示唆し,これも火星が,全球的融解を引き起こす規模の巨大衝突を免れた,原始惑星の生き残りであることを支持する [15, 16] .つまり火星は,地球サイズに到達するまでに,原始惑星がどのような進化を経たのかを知る手がかりを持つ天体としても重要である.

地球生命圏を支える地球の水と他の揮発性物質の起源は未解決の研究テーマだが,低温の外惑星領域で形成された小天体が,後に地球型惑星へ水や有機物を運び込んだとする考えが有力視されている [17].火星は,外惑星領域にもっとも近い軌道を持った地球型惑星であり,内惑星領域への揮発性物質輸送過程を探る上で絶好の位置にあるといえる.

もし,火星衛星が揮発性物質に富む小惑星の捕獲起源ならば,新たな探査により衛星前駆天体の形成過程,形成領域から火星へ至る軌道進化に制約を与えることによって,地球型惑星への揮発性物質供給過程を実証的に描き出すことができる.また捕獲過程への制約から,捕獲時の火星軌道周辺の原始惑星系円盤構造や,火星原始大気の構造復元も期待できる.他方,火星衛星が巨大衝突起源ならば,新たな探査により衝突の規模,タイミングについて,そして衝突天体に対応する隕石種や小惑星タイプの推定から,火星形成の最終段階における物質供給過程について制約を得ることができる.衝突天体が乾いた天体と結論されたなら,火星の揮発性物質は主に衝突以前に供給されたと推測でき,湿った天体なら,巨大衝突を含む後期重爆撃が火星大気水圏の質量増加に果たした寄与が推測できる.さらには,衝突時の火星マントルの物理化学状態にも一定の制約が得られるものと期待される.

こうした物質科学に根差す制約の獲得には,リモートセンシング観測と,微量元素濃度,同位体組成,年代等の測定や微視的構造の読み取りなど,物質科学的な深堀りが可能なサンプルリターンの組み合わせが極めて有益である.限定された箇所から回収された試料の分析結果を衛星全体の性質に敷衍するには,試料の産状と,mm オーダーから全球に至るマルチスケール解像度の全球リモートセンシングデータから導かれる表層の物質分布・特性との対照が不可欠である.

火星衛星は,火星とその周辺空間を併せ火星圏を構成する.火星衛星からは,惑星史を通じた火星圏の進化や変動過程にも迫ることが期待される.具体的には,微隕石を含む天体衝突による衛星表層の進化,火星圏への天体衝突歴,火星からの衝突放出破片の衛星への集積,火星大気成分の流出,衛星内部揮発性物質の蒸発と放出,衛星放出ダストによるダストリングの形成,太陽風・宇宙線・火星大気散逸成分の衛星への打ち込み,宇宙風化などのテーマが挙げられる.また火星衛星は火星のほぼ赤道軌道を周回していることから,衛星近傍から火星全球を視野に納めながら,大気を連続観測することが可能である.これは,多くの火星周回探査機が低高度の極周回軌道を持ち,限られた地方時の観測に偏りがちなことと比べ,火星大気の動態の把握において大きな利点となる.
 

3. ミッションの科学目的

以上の背景を踏まえた MMX の科学目的とそのミッション要求への落とし込み構成を表 2 に示す.
 

表 2. MMX ミッションの理学目的 [18]
※ 極小ディスプレイでは閲覧に難があるので、段落で表記しました.

大目的 1 :
火星衛星の起源を明らかにし、内外太陽系接続領域における惑星形成過程と物質輸送に制約を与える。

中目的1.1 Phobos の起源が小惑星捕獲なのか巨大衝突なのかを明らかにする。

MO1.1.1 Phobos を構成する物質の表層分布を採取地点の科学的評価と地質構造把握に必要な空間分解能で分光学的に明らかにし、Phobos の起源に制約を与える。

MO1.1.2 Phobos 表面の回収試料から構成物質の主要成分を、形成時の記録を保持する衛星固有物質として同定し、その同位体比等から、その起源を強く制約する(*1)。

MO1.1.3 Phobos 内部の氷の存在に関わる分子放出率や質量分布等の情報を取得し、またPhobos 表層の密度コントラストの有無を調べ、Phobos の起源にMO1.1.1、MO1.1.2とは独立に制約を与える(*2)。
 

中目的1.2a 【Phobos が小惑星捕獲起源の場合】地球型惑星領域へ供給される始原物質の組成とその移動過程を解明し、火星表層進化の初期条件を制約する。

MO1.2a.1 太陽系始原物質の形成およびスノーライン周辺領域での始原天体形成環境に、物質科学的に制約を与えるとともに、Phobos 捕獲過程を推定することで、初期太陽系での天体移動過程と火星表層進化の初期条件に制約を与える。
 

中目的1.2b 【Phobos が小惑星捕獲起源の場合】地球型惑星領域へ供給される始原物質の組成とその移動過程を解明し、火星表層進化の初期条件を制約する。

MO1.2b.1 Phobos の衛星固有物質中に、巨大衝突で飛び散った原始火星成分(火星起源成分)と衝突天体起源成分を特定し、その特徴を明らかにするとともに、巨大衝突規模と年代を推定し、地球型惑星領域における天体移動と惑星形成過程に制約を与える。
 

中目的1.3 Deimos の起源に新たな制約を加える。

MO1.3.1 Deimos を構成する物質の表層分布を地質構造の把握に必要な空間分解能で分光学的に明らかにして、Phobos と対比する。
 

大目的 2 :
火星衛星からの視点で、火星圏変遷の駆動メカニズムを明らかにし、火星圏進化史に新たな知見を加える。

中目的2.1 火星圏における衛星の表層進化の素過程に関する基本的描像を得る。

MO2.1.1 小惑星と比較して火星衛星に特有な表層レゴリス層の風化・進化過程(天体衝突頻度と撹拌の程度、並びに宇宙風化過程)を特定する。
 

中目的2.2 火星表層変遷史に新たな知見と制限を加える。

MO2.2.1 Phobos 表面の回収試料中に、衛星形成後に火星から飛来した物質を探し、適切な試料が存在する場合には、それから火星表層の化学状態やその変遷に制約を与える。

MO2.2.2 火星史を通じた大気散逸量に、現在の散逸大気の組成比・同位体比から制約を与える(*3)。
 

中目的2.3 火星気候の変遷に関わる火星大気物質循環のメカニズムに制約を与える。

MO2.3.1 火星大気中および大気-地表間のダストと水の輸送過程にダストストームと水蒸気・雲の全球分布の時間変化から制約を与える。
 

(*1) 衛星起源の解明には、局所的な回収試料情報を衛星全体の観測情報と対応づける必要がある。

(*2) 内部氷の存在が確認されれば、始原小惑星捕獲説が強く支持される。

(*3) 火星衛星軌道での滞在観測は、大気散逸過程の太陽風や季節変化の依存性を捉えやすい。
 

目的は,簡潔に言えば,1)大気と水圏を保有する惑星の起源の解明と,2)火星圏の進化の解明に大別できる.前者については,まず近傍観測とサンプル分析により火星衛星の起源論に決着をつける.そして捕獲起源と判明した場合には,近地球小惑星に比べて低温条件下で保存された始原物質を手中にしたことになり,その分析から初期太陽系における物質進化と輸送過程を制約する.他方,巨大衝突起源の場合は,衝突天体と初期火星物質の混合物を入手したことになり,ここから衝突天体の由来と,火星の初期分化状態を制約する.火星圏の進化プロセスを解明については,クレーター形成,微小隕石・高エネルギー粒子の影響による Phobos・Deimos 表層の変質過程と火星大気の動態の把握を目指す.もしも衛星試料に,火星由来の若い物質が発見できた場合,その年代分析と併せて火星表層環境の変遷に物質科学的制約を与えることを試みる.
 

4. ミッションプロファイルと探査機の概要

現時点でのモデルミッションプロファイルを図 1 に示す.地球と火星の相対位置関係から打ち上げ好機となる2024年09月に地球を出発し,1年弱の惑星間航行を経て周火星軌道に到達する.探査機は火星重力圏内に約3年滞在し,2028年08月に火星重力圏を離脱,地球には2029年07月に帰還する.
 

Image Caption : 図 1. MMXミッションプロファイル例.
Image Credit : 遊星人
 

周火星軌道に入った後に,探査機は徐々に Phobos に接近する.Phobos 軌道と若干異なる離心率と軌道傾斜角を与えることにより,実質的に Phobos を周回する偽周回軌道(quasi satellite orbit : QSO)に投入して,Phobos の接近観測を行う.QSO は Phobos 重心に対して短軸長軸比がほぼ 1:2 の楕円軌道である(低高度になると Phobos の重力が効き,円軌道に近づく).QSO は,観測要求から大高度(軌道半長径 200 km),中高度(同 100 km),低高度(同 50 km)のものを適宜組み合わせる.高解像観測に向け,より低い高度の QSO の実現性も検討中である.

着陸とサンプリングは Phobos に対して実施し,Deimos については遠隔観測のみを行う.科学的には両衛星からのサンプリングが理想的だが,運用リソースの制限から着陸は1衛星に絞る.Phobos を着陸対象としたのは,既存の撮像データが豊富であり着陸点選定の参照にできること,Phobos と Deimos が互いに似た反射スペクトルを有し,同様の物質からなると考えられること,また Phobos が火星により近い軌道を持ち,衛星形成後に天体衝突によって火星から放出された物質を,より高い濃度でレゴリス中に含んでいる可能性が高いことが理由である.Phobos は衛星としては小型だが,惑星イトカワやリュウグウなどと比較すれば極めて質量が大きく,着陸可能な重力を持つ.そこでタッチアンドゴー方式ではなく,着陸したうえでサンプリングと付随するその場観測を行う.

Phobos には反射スペクトルの赤化傾向が強い,いわゆる赤領域と,傾向が弱い青領域が存在していることが知られている [19].この違いは組成の違いなのか,宇宙風化度の違いなのかは分かっていないが,両方の領域から試料を得ることが当然望ましい.そのため MMX は複数地点で着陸・サンプリングを行う.Deimos の接近観測は,探査機が Phobos に向かう途上か,離脱し地球に帰還する途上,あるいはこれらの双方において実施する.

探査機は加速に優れる化学推進とし,運用段階に応じて探査機の減量を行って燃料消費を抑えるために,往路モジュール,探査モジュール,復路モジュールからなる多段構成を採る(図 2).現時点の検討では打ち上げ時の総重量がおよそ 3,500 kg と見積もられ,我が国の次期基幹ロケットとして開発の進んでいる H-III を用いて打ち上げる.
 

Image Caption : 図 2. 探査機の多段構成検討例.
Image Credit : 遊星人
 

5. 搭載科学観測機器

表3に搭載予定の科学観測機器をリストする.これらと採取試料の地上分析を組み合わせることで,前述のミッション要求が満たされるよう構成されている.紙面の都合から各機器についての詳細な解説は省き,ここではこれらの相補的な役割について述べる.
 

表 3. MMXミッションの理学目的 [18]

機器名称 主な機能 主要な役割
衛星起源関連 試料回収関連 火星圏進化
γ線中性子分光計 MEGANE1) 表層元素組成決定 全球スケールの組成の把握(水和鉱物,Fe/Si,水分子放出率など)衛星起源に多角的判別指標提供 着陸点選定と特徴付け(安全性,採取試料の産状,衛星基盤岩由来物質としての代表性の担保)  
広角可視多色カメラOROCHI2) 可視多色マッピング 火星大気物質循環過程の解明
近赤外分光イメージャ MacrOmega3) 近赤外高分解反射スペクトルマッピング
イオン質量分析計 MSA4) 希薄イオン化学種・エネルギー・フラックス測定 ガストーラス,火星大気散逸の制約
望遠カメラ TENGOO5) 精細単色地形撮像 地質構造,基盤岩物質露出面の把握 クレーター年代学,地質史推定
レーザ測距計 LIDAR6) 衛星形状決定
ダスト検出器 CMDM7) ダストフラックス計測 ダストリングの検出,宇宙風化における微小隕石衝突の役割の把握


名称解説 1)Mars moons Exploration with GAmma rays and NEutrons,日本語の眼鏡にちなむ,2)Optical RaidOmeter composed of Chromatic Imagers,八岐の大蛇にちなむ,3)はやぶさ2小型着陸機 MASCOT 搭載の MicrOmega にちなむ,4)Mass Spectrum Analyzer,5)TElescopic Nadir imager for GeOmrphOlogy,天狗にちなむ,6)LIght Detection and Ranging,7)Circum-Martian Dust Monitor.
 

遠隔観測の大きな目的の一つは,火星衛星の起源に対して試料分析とは独立な制約を与えることである.そのため遠隔観測ではまず Phobos 全球の物質組成に制約を与える.ガンマ線・中性子分光計 MEGANE(米 NASA/APL 提供)は,表層数 10 cm の Si, Fe, H, K 等の元素濃度を Phobos 半球程度の空間解像度で求める.例えば Fe/Si 比が,コンドライト的な物質に近ければ捕獲起源,明らかに低い値であれば火星マントル成分の顕著な寄与,すなわち巨大衝突起源が示唆される.近赤外撮像分光計 MacrOmega(仏 CNES/IAS 提供)と可視広角多色カメラ OROCHI は,QSO 軌道から Phobos 全球の分光マッピングをmオーダーの空間解像度で実施する.10 cm オーダーの空間解像度を持つ望遠カメラ TENGOO の撮像データから,若いクレーターや地滑り地形などの地質学的に新鮮なスポットを同定し,それらの分光データから基盤岩の鉱物組成を推定する.もし含水鉱物を大量に含むなら,始原的小惑星の捕獲起源が示唆される.なお,これまでの火星探査機による観測では,吸収物質が不明な 0.65 μm 帯吸収(地上観測からの示唆)と含水鉱物が示す 2.8 μm 帯吸収の分光データが得られていない状態にある [19] が,MMX はこの波長域を漏らさずにカバーする.

質量分析装置 MSA は,火星衛星内部からの水蒸気脱ガスが存在した場合に形成が期待される,OH- など水関連イオンの作るガストーラス [20] の検出を試みる.もし十分な密度の水関連イオンが見いだされれば,Phobos 内部に氷が現存することを示唆し,Phobos の冷たい起源,すなわち捕獲説を後押しすることになる.MSA はまた,太陽風によって Phobos 表面から叩きだされる二次イオンの質量とフラックスの測定から,表面元素組成の推定と,それによる衛星起源の制約も狙う.レーザ測距装置 LIDAR は,Phobos の形状を決定する.探査機軌道データと併せ,重力場の推定を並行して行うことで,衛星内部の質量分布に制約を与える.これも氷を含む核の存在可能性など,内部構造の観点から衛星の起源の考察に貢献する.

こうした遠隔観測機器は,サンプリング地点の選定や,試料が衛星の基盤岩に由来すること,すなわち採取試料の代表性の担保にも用いられる.特に OROCHI と MacrOmega は着陸時に mm スケールの精細な空間解像度で分光撮像を行い,採取試料の産状を詳細把握する.

これまでに述べた観測により取得されたデータは,クレーター年代学をはじめ火星衛星表面の変質過程の解明にも用いられる.さらに周火星ダストモニタ(CMDM)は,火星衛星周辺のダストフラックスを測定し,衛星表面への微隕石や,その存在可能性が理論的に示されているダストリング [21] の存否確認と,存在した場合にはダスト粒子の再衝突による衛星表面の変質過程に迫る.採取試料の衝撃変成等の分析結果と,こうしたデータから得られる知見は,圧倒的に大きな重力を有する(地球の)月や惑星重力に束縛されていない小惑星との表層進化過程の違い,あるいは共通性を浮き彫りにするであろう.

OROCHI と MacrOmega は,探査機が Phobos の日陰側に回り込んでいるタイミングの一部を用いて,全球スケールの火星大気の連続分光撮像を行う.大気ダストと水蒸気・氷雲の運動を追跡することによって,大気循環をモニタし,火星表層の H2O リザバー間の物質交換過程を追う.MSA は,火星大気から流失するイオンフラックスについても種別に測定する.これによって火星大気の散逸過程について知見を深める.

ここまで述べた装置群に加えて,現在,分離カメラ,ローバーの搭載可能性が検討されている.これらの機器は,Phobos 表面に設置して観測を行い,レゴリス層の力学的・物質科学的特性をその場調査し,母機着陸やサンプリングの安全性の確認や,他の機器やサンプル分析から得られるデータの解釈に資する.
 

6. サンプリングとサンプル科学

Phobos には比較的豊富な撮像データが存在するが,最高でも m スケールの空間解像度であるため,レゴリス粒子の粒径分布に関する直接的な観測データは存在しない.熱慣性の観測データに熱伝導モデルを組み合わせた検討によれば Phobos 表面レゴリスの代表粒径は 1 mm 程度 [22],これに粒子間力と重力のつり合いから求まる粒径と空隙率の関係を加味した手法では 2 mm 程度とされる [23, 24].また,Phobos から放出される 300 μm 以下の小さいダストは太陽光圧の影響で火星に落下するか火星圏外へ飛ばされる [25].したがって,表面レゴリス粒子の典型粒径は 300 μm - 2 mm 程度と想定される.

MMX は 10 g 以上の試料回収を行う.これによって 10000 個オーダーの数の粒子の確保が期待できる.Phobos が捕獲起源であれば,Phobos 固有の物質は炭素質コンドライトに類似していると考えられる.この場合,個々の粒子は化学的に非平衡な鉱物の組み合わせからなると想定される.多数の粒子を得ることにより,統計分析から Phobos 固有物質の組成的特徴を導くことができる.他方,Phobos が巨大衝突起源の場合は,フォボス固有物質はガラス質や火成岩的な組織を持つと推測される.火星脱出速度に近い低速度での衝突の場合には,火星マントル由来成分と衝突体由来成分の粒子スケールでの混合は不完全である可能性がある [8].多数の粒子を得てその組成的多様性を把握することで,両者の端成分に近い物質を得るとともに,混合の程度を推定する.また Phobos のレゴリスには,衛星形成後の火星から衝突によって放出された火星由来物質がおよそ 300 ppm 含まれていると評価されており [26],10 g 以上の試料獲得により,そうした粒子が数十粒ほど回収できると期待される.

サンプリング地点は,リモートセンシング機器による全球観測結果をもとに,着陸の安全性の確保と Phobos 固有物質の獲得の観点から選定する.着陸の障害となる数十cm程度の岩塊や起伏は QSO 観測でも完璧に知ることは困難であるため,障害物を避けて軟着陸する自動航法を検討中である.また着地時の探査機の跳ね返りを防ぐよう,着陸脚には探査機の接地直前の相対運動量を吸収する構造を付与する.

サンプリングはマニピュレーター(可動関節付きアーム)とコアラーを組み合わせた方式で行う.宇宙風化の進行がほぼ無視できる 2 cm 以上の深さまで表層試料を採取する.サンプリング前に mm オーダーの空間解像度で分光撮像を行い,表層地質・物質分布,レゴリスの堆積状態を確認したうえで,ピンポイント採取を行う.補助装置として,OSIRIS-REx に搭載されているものと同様のガス噴射・吸引を利用したサンプリングシステムの搭載(NASA 提供)が検討されている.帰還カプセルは,はやぶさ・はやぶさ2計画で得た技術を応用し,採取試料の増量に対応した大型のものを用いる.

試料分析には,組織,形状・サイズ分布,同位体・化学組成,鉱物組み合わせ,微視的な宇宙風化状態,種々の年代などの計測が想定される.MMX では採取試料を増やすことで,多数の試料粒子の統計解析が可能となる.

隕石種・天体間で同位体組成が異なることが知られている酸素,クロムに代表される元素の同位体測定から,Phobos の起源が捕獲か衝突かに加えて,前駆天体ないしは衝突天体がどのような隕石種に近いのか推定できる(図 3).小惑星探査によって裏付けが進みつつある隕石種と小惑星のスペクトル分類の対応関係,また小惑星サーベイにより判明しつつある各分類小惑星群の軌道進化の制約 [26] を併用し,捕獲天体ないしは衝突天体の起源領域を推定する.化学組成や組織からも,衛星の起源について相補的な検討が可能であり,例えば揮発性元素に欠乏し,組織が火砕生成物的であれば巨大衝突起源が示唆される.
 

Image Caption : 図 3. 太陽系天体と隕石の酸素同位体組成(三酸素同位体プロットにおける地球質量分別線からの差を千分率で表す)とクロム同位体組成(54Cr/52Cr 比の標準試料からの偏差を一万分率で表す)の二次元プロット.天体・隕石間で座標が異なることがわかる.炭素質小惑星の捕獲説に従えば,回収試料の同位体組成は炭素質隕石の領域に落ちると考えられる.巨大衝突説に従えば,回収試料は火星とどこか別の座標を結んだ混合線を形成する可能性がある.図は [27] を改変.
Image Credit : 遊星人
 

これらの情報からは,衝突時の加熱量や火星マントル物質と衝突天体物質の混合の程度を推定し,モデリング研究と突き合わせることで巨大衝突の規模に迫る.火星マントル側の端成分の化学組成からは,衝突直前の原始火星マントルの分化状態の推定を試みる.一方で分析から得られる捕獲天体ないしは衝突天体の水や有機物の化学・同位体組成からは,火星大気・表層物質との比較により,近縁天体の火星への揮発性物質供給源としての貢献度に知見を得る.

天体の起源と進化の理解に,絶対的な時間軸を導入できることは,試料分析の大きな利点の一つである. Phobos 試料に対して,どのような年代測定が適用でき,有効であるかは実際の試料の性質による.ここでは年代計測の着眼点について説明する.もし試料が始原的な炭素質隕石に類するものならば,構成鉱物粒子の形成年代や水質変質・熱変質の年代から,前駆天体の形成と進化について明らかにし,物質科学的特徴づけと併せて地球型惑星にもたらされた揮発性物質の起源と進化の解明を目指す.他方,衝突起源と推定される場合は,巨大衝突イベント発生の年代を求めることがまず重要である.これには火星のクレーター年代学に絶対的な時間の楔を打つ意義もある.

火星衛星は,火星とともに長期間の天体衝突にさらされてきたはずである.試料粒子の衝撃変成年代の統計から,火星軌道での天体衝突フラックスの変遷に制約を与える.もしも捕獲起源であった場合には,火星に捕獲されるまでは,小天体の群れの中を移動することで高いフラックスの天体衝突を受けたことが期待されるため [28],導かれた天体衝突フラックスの急減期に着目し,捕獲時期の制約を試みる.また太陽風や宇宙線の照射,微隕石衝突による粒子表層の改質状態あるいは宇宙線照射年代の測定からは,フォボス表面の深さ方向の物質攪拌に制約が与えられる.

火星表層から輸送された物質粒子が同定できた場合は,その同位体・化学組成や鉱物組み合わせ,場合によっては磁化情報なども調べたうえで結晶化年代・放出年代の計測を試みる.ここから放出当時の火星表層環境の推定を目指す.多数のしかも放出年代がランダムな火星由来物質が得られれば,火星表層環境の変遷の解明に大きく資することが期待される.
 

7. 終わりに

MMX は,大気と水を有するハビタブル惑星の形成と進化の解明において重要な研究対象である火星と火星圏の成り立ちに,火星衛星という切り口から迫るミッションである.近傍からのリモートセンシング観測と採取試料の地上詳細分析により火星衛星の構成物質を明らかにし,火星衛星の起源論争に決着をつける.そして火星自体の周回探査や表面探査のみからでは辿ることの難しい,火星ひいては地球型惑星の形成最終段階における水や有機物をはじめとする物質獲得過程について,同位体組成や種々の年代など詳細な物質科学的情報をもとに明らかにする.巨大衝突起源の場合には,衝突直前の火星マントルの分化状態にも迫る.天体衝突や太陽風・宇宙線照射による衛星表層の長期的な進化過程を解明するとともに,火星表層,衛星,周火星空間からなる火星圏システムの構造と大気散逸や衝突放出を含む物質輸送過程,そして進化過程を明らかにする.赤道軌道という特徴を生かし,水とダストのリザバー間交換過程の解明を目指した火星大気の連続観測も狙う.

MMX は小惑星サンプルリターン探査の優位性を活かして我が国が火星探査に再び挑む,嚆矢としての位置づけを持つ.現在,2024年の打ち上げを目指して2019年度にプロジェクト化するべく,種々の検討と初期開発が進行している.この計画は科学的な間口が広く,多様な研究者の結集が可能であることから,分野横断的な連携研究の推進の場ともなっている.本稿がその拡大と発展の一助になれば幸いである.
 

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Editor : Akira IMOTO

Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan

Akira IMOTO. TPSJ Editorial Office