火星衛星フォボスとデイモスの起源・進化の現状理解 : 特集「火星圏のサイエンス」
特集「火星圏のサイエンス」

兵頭龍樹、玄田英典(東京工業大学地球生命研究所)

※ この遊星人記事は、日本惑星科学会遊星人編集専門委員会より許可を得て掲載しております。
 

要旨

火星には二つの小さな衛星フォボスとデイモスが存在する.この二つの衛星は JAXA のサンプルリターン計画(通称 MMX 計画,Martian Moons eXploration)のターゲット天体に選定され,その起源と進化の深い理解は探査の科学的価値の最大化,および,火星史の解明において重要となる.歴史的に火星衛星の起源は飛来した小天体が重力的に捕獲されたと考えられてきたが(捕獲説),現状では火星衛星の軌道特性を説明することに成功していない.一方,近年,火星衛星が巨大衝突の副産物として形成されうることが示された(巨大衝突説).もし火星衛星が巨大衝突で形成されたならば,火星衛星には多くの火星由来物質が含まれることが期待され,MMX サンプルリターン計画によって形成起源の論争に決着が着くだけでなく,人類初となる太古の火星物質のサンプルリターンも期待される.本論文では,近年,著者らによって大いに進展した巨大衝突説をまとめ,火星衛星の起源と進化の現状理解について議論する.
 

1. 火星衛星の基本的な情報

火星には二つの非常に小さな衛星フォボス(Phobos)とデイモス(Deimos)が存在する.その質量は,それぞれ火星質量(MMars)の約 1.6 x 10-8 と約 2.3 x 10-9 であり,地球の巨大な衛星である月(地球質量の約 1 %)と比べると非常に小さい.さらに,火星衛星の密度は 1.876 g/cm3(フォボス)と 1.47 g/cm3(デイモス)であり,一枚岩で形成された天体と比較すると小さく,ラブルパイル天体か氷を含んだ天体であると考えられている.この二つの衛星は JAXA の次期サンプルリターン計画(通称 MMX 計画,Martian Moons eXploration)のターゲット天体に選定され,その起源と進化の深い理解は,探査の科学的価値の最大化のみならず火星史の解明において重要となる.

現在,フォボス(軌道長半径 a ~ 2.76 RMars)とデイモス(軌道長半径 a ~ 7 RMars)は,火星のロッシュ半径(a ~ 3 RMars,RMars = 3400 km : 火星半径)のわずかに内側と外側を,ほぼ円軌道で,ほぼ火星の赤道面を公転している(図 1).
 

Image Caption : 図 1. 現在(上図)および約 40 億年前(下図)のフォボスとデイモスの軌道(火星赤道面を見た図).潮汐進化による軌道変化のタイムスケールは中心惑星との距離に非常に強く依存するため,フォボスは 40 億年で大きく動くが,デイモスの軌道変化は小さい.
Image Credit : 遊星人
 

ここでロッシュ半径とは,それよりも内側では衛星の自己重力に比べ,惑星の重力が卓越することで,衛星の潮汐破壊が起こる臨界距離である.さらに火星衛星の軌道進化を議論する際に重要となるもう一つの臨界距離が存在する.それは共回転半径と呼ばれるものであり,この臨界距離において火星の自転周期と衛星の公転周期が一致する.衛星は火星の潮汐によって軌道進化することになるが,この共回転半径の外側に存在するデイモスは外側に移動する.一方で,共回転半径の内側に存在するフォボスは火星に落下していく.フォボスの形成年代は古い(約 40 億年前)とされているが [l],40 億年前に時間進化を巻き戻すと,フォボスとデイモスは共回転半径のすぐ内側と外側に位置していたことになる(図 1).つまり,火星衛星の形成起源を考える場合には,このような初期状態を説明することが必要となる.
 

2. 火星衛星の形成起源

2 - 1. 火星衛星の捕獲説

歴史的に火星衛星の起源は,外惑星領域から飛来してきた小天体が重力的に捕獲されたものであると考えられてきた.理由は,フォボスの反射スペクトルが D 型小惑星のものと似ているためである [2, 3].しかしながら,捕獲された天体の軌道方向はランダムであり,火星周りに楕円軌道で,軌道面は火星の赤道面から大きく傾いた軌道として捕獲される可能性が非常に高い.捕獲後の軌道進化(gas drag や潮汐進化)を考慮しても現在の軌道を説明することが非常に難しく,観測されるような軌道を持つ衛星を2つだけ捕獲する確率は年末ジャンボを当てるようなものとなる.それゆえに現状では,捕獲説が完全に否定された訳ではないが,惑星形成史の中で捕獲によって火星衛星が形成された可能性は低いと考えられている [2].
 

2 - 2. 火星衛星の巨大衝突説

捕獲説に変わって近年台等してきたのが巨大衝突説である [4-9]1).火星表面には巨大なクレータが多く残っていおり,その中でも,北半球に存在する最大の盆地(ボレアリス盆地)は,巨大衝突によって形成されたと考えられている [7, 11].また,このボレアリス盆地を形成した巨大衝突によって火星の自転周期の起源も説明できる [7]2)

近年,このボレアリス盆地形成巨大衝突 [11] の副産物として形成された破片円盤から,次のようなプロセスを経て火星衛星が形成されうることが明らかになった [5-7].(1)巨大衝突によって形成される破片のほとんどは火星のロッシュ半径の内側にばらまかれ,少量の破片が共回転半径の少し外側までばらまかれる(図 2a).
 

1). 巨大衝突によって形成されうる可能性は,Cradokket al. 1994 [10] によって提唱されていたものの,具体的にどのような衝突および破片の力学進化を経て火星衛星が形成されたのかは明らかにされていなかった.

2). ボレアリス盆地を形成した衝突によって現在の自転が決定されたのならば,衝突点は赤道面近くに存在するべきであると考えられるが,True polar wander によって,赤道近くから現在観測される北半球のボレアリス盆地へ衝突地点が移動できることが示されている [7].
 

Image Caption : 図 2. 巨大衝突によって形成された円盤の進化と火星衛星の形成過程の概念図 [5-7](東工大/ELSI プレスリリースの図を改変 ).
Image Credit : 遊星人
 

(2)内側の重たい円盤は,短いタイムスケール(~数千年)で拡散し,巨大な衛星を形成する.その後,巨大衛星は残りの内側円盤と重力相互作用を通してより外側へ移動する.この巨大衛星の外側移動に伴って,巨大衛星の軌道共鳴(2 : 1 と 3 : 1 共鳴)が外側円盤を通過することになるが,その共鳴位置に破片が集まり,二つの小衛星の集積が促進される(図 2b-c)3).この時形成された衛星の一つは共回転半径のすぐ内側,もう一つはすぐ外側に位置することになる(図 1 で示した約 40 億年前の軌道位置に対応している).また内側円盤は,巨大衛星を外側へ押し出たために,自身は角運動量を失い火星へ落下し,消失する.(3)内側円盤が無くなった後,衛星達は火星の潮汐によって軌道進化を続ける事になるが,共回転半径の内側に存在する巨大衛星は 40 億年以内に火星へ落下する4).

外側円盤から共回転半径のすぐ内側に形成された衛星は,40 億年の潮汐進化を経て,現在のフォボスの軌道へ到達する.一方,外側に形成された衛星は,現在のデイモスの位置に到達することになる(図 2 d-e).
 

3). もしこのような巨大衛星の移動(共鳴の通過)が無く,低質量の円盤からその場形成した場合は,フォボスやデイモスのような衛星が多数形成されてしまう.

4). 共鳴の通過に伴ってデイモスのみが形成された場合でも,巨大衛星が火星に落下する前に潮汐破壊され,新たな破片円盤を形成し,そこから(前回よりも小さな)新たな衛星を形成するというプロセスを何回も繰り返すことで,最終的に形成された衛星が現在観測されるフォボスであるというシナリオもある [12].
 

3. 巨大衝突説から期待される火星 衛星の描像

ここからは,前節で述べた巨大衝突説が正しかった場合に期待される火星衛星の構成物質の物理化学的な特徴について議論していく5).このような情報は MMX 探査計画の観測機器の設計に役立つだけでなく,探査活動で得られる情報と比較することで火星衛星の起源と形成過程および火星の当時の集積環境を明らかにできる手がかりとなるため非常に重要となる.
 

5). Canup & Salmon 2018 [13] では,ボレアリス盆地を形成するような火星史最大の巨大衝突ではなく,より小さな Utopia や Hellas 盆地を形成しうる Vesta から Ceres 程度の大きさを持つ天体との衝突による火星衛星形成を議論しているが,形成プロセスは図 2 で説明したものと同じであり,衝突破片が経験する熱力学的状態も Hyodoet al. 2017ab, [6, 7],と大きく違わないため,3 節で述べる火星衛星の描像も大きくは変化しないと期待される.
 

3 - 1. 火星衛星の構成物質

本節では,火星衛星フォボスとデイモスの材料物質がどこから来たのかについて議論する.高解像度の衝突 SPH 計算 [6] によって,巨大衝突によってばらまかれる衛星の材料物質が火星物質と衝突天体物質の混合であることが明らかになった(図 3 左).このことは,地球の月を形成した巨大天体衝突でも同様のことがわかっており [14],衝突天体のみ(もしくは地球物質のみ)で月を形成することが不可能であることを示している.また円盤物質としてばらまかれた火星物質の約半分は,火星表面から深さ 50 km 以上の深部から掘削された物質であることが明らかになっている(図 3 右).
 

Image Caption : 図 3. 衝突起源説で期待される火星衛星の材料物質(左図)と衝突によって破片円盤としてばらまかれた火星由来物質の初期位置(火星表面からの深さ,右図).Hyodo et al. 2017a [6] の図を改変.
Image Credit : 遊星人
 

衝突天体の半径が約 1000 km であることを考えると,衝突によって火星の深さ 50 km よりも深いところから物質が飛び出ることは,ごく自然なこととも言える.衝突当時の火星地殻の厚みには不定性があるが,現在の地殻の厚みは平均的に約 50 km と見積もられており,厚みは時間とともに厚くなってきたと考えられている [15].つまり,MMX 探査で観測されるフォボスおよびデイモスの材料物質は少なくとも衝突天体物質,火星地殻物質,火星マントル物質の混合であると考えられる.混合度については,各粒子は,ランダムな軌道進化における多数回の粒子間衝突によって破砕され,細分化されるため(3. 2 節),ある粒子は火星由来物質で,ある粒子は衝突天体由来の物質を反映した化学組成となるが,固化する前にランダムな衝突過程で混ざり合った粒子も存在する.詳細な混合度については,追加の研究が必要となる.さらに,衝突当時の火星表面に十分な水が存在していた場合には,衝突によって形成される蒸発成分に H2O が含まれ,溶融物質が冷却時に水蒸気成分と触れ合うことで,水質変成を記録した粒子も存在すると期待される [6, 7].つまり,巨大衝突説が正しければ,MMX 探査計画における人類初となる衝突当時の太古の火星物質のサンプルリターンも期待される6)
 

6). 火星衛星形成後,火星への小天体衝突によって火星表面から放出された破片がフォボスやデイモスの表面に降り積もっている可能性もある.(Hyodo et al. in prep)
 

3 - 2. 衝突破片の初期の熱力学的状態と粒子サイズ

円盤構成粒子(火星衛星)の材料物質となる破片は,火星および衝突天体のある特定の狭い内部領域から巨大衝突によってばらまかれることになる(図 4 上図).つまり,巨大衝突過程において,火星衛星材料物質はおよそ均一な熱力学的状態を経験する.高解像度の SPH 計算によって,巨大衝突によって破片は約 2000 K 程度まで温度上昇し,大部分が溶融するが,蒸発の割合は 5-10 % の質量に留まることが見積もられた [6]7, 8)
 

7). 月形成衝突は,火星衛星形成衝突に比べると衝突エネルギーが桁で異なることから大部分の円盤物質が蒸発してしまうと考えられている [16].

8). Hyodo et al. 2017 [6] では,Mimp = 0.03 x 火星質量,Vimp = l.4 x 火星脱出速度が用いられ,Canup & Salmon 2018 [13] では,Mimp = 0.0005 x 火星質量,衝突速度 Vimp = l.5 x 火星脱出速度が用いられたが,衝突直後の衛星の材料物質の温度や蒸発率は大きく変わらない.
 

Image Caption : 図 4. ボレアリス盆地を形成する巨大衝突 SPH 計算のスナップショット(衝突天体質量 Mimp = 0.03 x 火星質量,衝突速度 Vimp = l.4 x 火星脱出速度,衝突角度 θ = 45 度.状態方程式には forsterite の M-ANEOS を使用).上図の色は,衛星の材料物質(水色),火星物質(赤色),一時的に火星周囲を回るが最終的に火星に落下する物質(黄色),火星の重力圏外に飛び出す(白色)粒子を表している.下図の色は,温度(ケルビン)を表している.表示法のせいで,火星表面全体が岩石の融点を超える高温になっているように見えるが,実際は衝突点近傍の一部のみが高温となっている [9].Hyodo et al. 2017a [6] を改変.
Image Credit : 遊星人
 

溶融/蒸発した破片粒子は衝突直後に“腕”のような構造を形成しながら火星から遠ざかる(図 4).この時,隣り合う溶融物質は,わずかに異なる速度(シアー速度)で動いているため,粒子サイズは,このシアー速度と表面張力によって決定されるサイズで分裂する [17, 18]9).SPH 計算から得られたシアー速度と岩石の典型的な表面張力を使うと,溶融した岩石の典型的なサイズは l m-l0 m 程度であることが見積もられている [6, 7].さらに,破片は長期的な進化において衝突を繰り返すことでより細かく破砕され,最終的には l00 micron から 10 m の幅をもった粒子になると見積もられる [6, 7].

一方,5-10 wt% 程度の蒸発物質は,凝縮過程で小さなダスト(0.1-1 micron)を形成すると考えられる [6, 19].このような小さなダストは総表面積が大きいことから,溶融し固化した大きな粒子の表面を覆うことで,観測される火星衛星のスペクトルなどの光学特性を支配している可能性がある [6, 19, 20].
 

9). 水の入ったバケツを勢いよく振り回しながらひっくり返すと小さな水滴に分裂するが,静かにひっくり返すと大きな水滴になるのと同じ.
 

3 - 3. 火星衛星構成物質の化学組成

前節で述べたように,火星衛星の材料物質となる衝突破片は衝突加熱によって溶融または蒸発を経験するが,温度が下がるにつれて固化または凝縮する.この時,様々な鉱物が形成されると期待され,その組成と組み合わせは衝突天体の初期組成にも大きく依存すると考えられる.

Pignatale et al. 2016 [8] では,Hyodo et al. 2017ab [6, 7] によって見積もられた衝突直後の状態(温度~2000 K, インパクターと火星物質の 1:1 混合ガス)をスタート地点として凝縮過程の熱力学平衡計算が行われた.彼らの論文では,インパクターの組成を CV,EH,CI,Mars-like などと仮定し計算が行われた.その結果,ガスの温度低下に伴って凝縮するダストの鉱物組成は,インパクターの組成によって大きく異なることが明らかになった(図 5).これは,計画が進む MMX 探査によって得られるデータと比較することで,火星衛星を形成した巨大衝突天体組成の制約に繋がり,さらには当時の火星周囲の集積環境の制約に繋がる可能性を示唆している.
 

Image Caption : 図 5. 火星衛星を形成する巨大衝突によって作り出された蒸発成分の平衡凝縮過程の計算結果.衝突直後のガス温度は約 2000 K で,組成は,火星由来物質とインパクター由来物質の 1 : 1 混合物質の蒸発成分[6,7].四つの異なるパネルは,異なるインパクターの組成(左上: CV-like, 右上:EH-like, 左下:Mars-like, 右下:CI-like)を仮定した場合の結果.Pignatale et al. 2018 [8] の図を改変.
Image Credit : 遊星人
 

3 - 4. 揮発性物質の損失

前節までの議論では,火星系は閉じた系であると暗に仮定されており,物質が火星圏を脱出する可能性は無視されてきた.しかしながら,前節で議論したように,火星衛星形成衝突によって開放されたエネルギーによって,火星衛星の材料物質の一部は蒸発(~約 2000 K の温度)を経験している.さらに,火星表面の一部は,衝突によって加熱され部分的に~ 6000 K にまで達している [9].一方で,火星の重力は比較的小さい.さらに,蒸発物質には選択的により揮発性の高い物質が含まれている [8].それゆえに,このような衝突直後の energetic な系において揮発性物質が何らかのプロセスによって散逸される可能性があると考えられる.

また,衝突直後の蒸発成分は,火星周りを円軌道で回っているのではなく,楕円軌道で回っている [6].それゆえに,より火星から遠ざかり,重力ポテンシャルの浅いところまで到達する軌道を持つ蒸発物質が存在する(つまり,より熱的散逸がしやすい).Hyodo et al. 2018 [9] は,衝突直後に期待される(1)蒸発物質の熱的散逸,および,(2)凝縮したミクロンサイズのダストの radiation pressure による火星系外への吹き飛ばし,の可能性を詳細に調べた.その結果,流体力学的な散逸(Hydrodyamic escape)によって,蒸発成分の 10-40 % が火星圏から失われうることが明らかになった(図 6).さらに,radiation pressure によって,凝縮したダストも部分的に火星系外へ飛ばされることが明らかになった10).つまり,巨大衝突説が正しかった場合,フォボスとデイモスには揮発性物質の損失が起こっていると期待される.
 

10). Radiation pressure によるダストの吹き飛ばし効率は,ダストの光学特性,凝縮温度,および,軌道等による.詳細は,Hyodo et al. 2018 [9] を参照.
 

Image Caption : 図 6. 流体力学的散逸によって火星系外に散逸する蒸発物質の割合.蒸発物質の平均分子量を計算するために,初期温度が 2000 K で火星物質と異なるインパクター物質の 1 : 1 混合をスタートとして平衡凝縮計算を行っている(異なるマークは異なるインパクターの組成を仮定).図中の色は,火星圏を脱出するのに必要な臨界距離(脱出速度 Vesc が熱運動速度 Vth と一致する距離)を表している.Hyodo et al. 2018 [9] の図を改変.
Image Credit : 遊星人
 

4. まとめ

現状では,火星衛星の起源には決着が着いていない(捕獲説 or 巨大衝突説).前節において巨大衝突説でフォボスとデイモスが形成された場合に期待される物理的/化学的な特徴を議論した.JAXA によって計画される MMX 探査機には,ガンマ線・中性子分光計や近赤外分光計が搭載されている.ガンマ線分光計では,Si や Fe などの主要な元素を観測することが可能であり,中性子分光計では,H の濃集度を計測できる.また,近赤外分光計では,H2O などの揮発性元素の存在比や水質変成を経験した鉱物の存在を明らかにできる.巨大衝突説が正しければ,揮発性元素の損失が起こる [10].更にもし,衝突当時の火星表面に十分な水が存在していた場合は,巨大衝突によって,3節で議論した蒸発成分に H2O 成分が多く含まれると期待される.この H2O 蒸気が,溶融した難揮発性の岩石成分と反応することで,衛星の材料物質には水質変成が記録されている可能性がある [6].さらに鉱物組成は,衝突天体組成よって大きく変わると期待される [6, 8].このような点に注目して MMX 探査を行うことで,火星衛星の起源に決着をつけられる可能性があり,更に衝突説が正しかった場合には,衝突天体の組成に制約がつけられることで,衝突当時の惑星集積環境の理解に繋がる.

また,これまで日本の惑星探査は工学ミッションの側面が強く,探査機が打ち上がって,データが得られるまでに,こういった純粋なサイエンスが十分に検討されてこなかった.それゆえに,探査打ち上げ前の理工の連携は十分ではなかったと思う.さらに,日本の惑星探査における国際協力のあり方にも改善の余地があった.一方で,カッシーニ探査などの NASA や ESA の惑星探査では,このような側面において目に見える努力があった.火星衛星のサイエンス(形成起源と進化)の近年の発展は,偶然であったものの MMX 探査の発足時期と一致した.さらに,工学のみならずサイエンスにおける国際協力もフランスなどの諸外国と現段階から進んでいる.エンジニア側の人達の,時間や予算の制限による大変な側面を耳にするが,MMX 探査では,著者のようなサイエンスの人間が,工学の人達と共に探査意義をサイエンス面からも考え,探査計画を共に最大化させようとする姿勢が探査前から現れていると思う.それゆえに MMX 探査が,工学主導のみならずサイエンス主導の惑星探査のあり方の重要性を再認識させ,さらに理工連携のチームプレーの重要性を説くこれからの日本の惑星探査のあり方に新たな舵を切る“良いきっかけ”になればと思う.
 

謝辞

二年前(2016年)まで火星に衛星があることも知らなかったが,たまたま存在に気づき,フランス人と協力し,巨大衝突による形成プロセスを見出すことができた.また,ラッキーな事に,その直後に MMX 探査計画が発表された(web ニュースで知った).MMX 探査計画の発表によって,半径たった 10 km 程度しかない,一見あんまり重要そうでない火星衛星がまさかの注目を浴びることになった.おかげで数十人しか読まないと思っていた我々の論文[e.g. 5, 6]までもがメディアに取り上げられ,引用もして頂き,火星衛星の研究にもやる気が出た(ちなみに玄田は,四年前に火星衛星の存在を知った).本研究は,日本学術振興会の特別研究員奨励費(JPI7J01269),若手研究(18K13600)の助成を受けておこないました.最後に,有意義な査読意見を頂きました倉本圭教授に感謝致します.
 

参考文献

[1] Schmedemann et al., 2014, Planet. Space Sci. 102, 152.
[2] Burns, J. A., 1992, in Mars (Univ. Arizona Press), 1283.
[3] Murchie, S. L. et al., 1991, JGR 96, 5925.
[4] Citron, R. I. et al., 2015, Icarus 252, 334.
[5] Rosenblatt, P. et al., 2016, NatGe. 9, 581.
[6] Hyodo, R. et al., 2017, ApJ 845, 125.
[7] Hyodo, R. et al., 2017, ApJ 851, 122.
[8] Pignatale, F. C. et al., 2018, ApJ 853, 118.
[9] Hyodo, R. et al., 2018, ApJ 860, 150.
[10] Craddock, R. A., 1994, LPI 25, 293.
[11] Marinova, M. M. et al., 2008, Nature 453, 1216.
[12] Hesselbrock, A. and Minton, D. A., 2017, NatGe. 10, 266.
[13] Canup, R. and Salmon, J., 2018, Science Advances 4, 4.
[14] Canup, R. M., 2004, Icarus 168, 433.
[15] Zuber, M. T. et al., 2000, Science 287, 1788.
[16] Nakajima, M. and Stevenson, D. J., 2014, Icarus 233, 259.
[17] Melosh, H. J. and Vickery, A. M., 1991, Nature 350, 494.
[18] Genda, H. et al., 2017, EPSL 480, 25.
[19] Ronnet, T. et al., 2016, ApJ 828, 109.
[20] Yamamoto, S. et al., 2018, Geophysical Research Letters 45, 1305.
 

 



Editor : Akira IMOTO

Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan

Akira IMOTO. TPSJ Editorial Office