The Planetary Society of Japan

次世代太陽系探査

はやぶさ後継機に向けた小惑星(162173)1999 JU3 の観測

Updated : October 15, 2016 - 太陽系形成・生命起源

日本惑星科学会誌「遊星人」 Vol. 19, No.1, 2010 掲載

川上恭子1,安部正真1,長谷川直1,春日敏測2.
1.宇宙航空研究開発機構.2.日本学術振興会海外特別研究員( ウェスタン・オンタリオ大学)

この原稿元ファイル:[ 日本惑星科学会誌「遊・星・人」第19巻(2010)1号 - PDF ]
 

要旨

「はやぶさ」に続く小惑星サンプルリターンミッションとして,「はやぶさ 2」の検討が進められており,最有力探査ターゲットは C 型小惑星の(162173)1999 JU3 である.

我々は2007年5月から2008年4月までこの小惑星の様々な観測をおこなった.一通りの物理観測が終了し,自転周期,自転軸の向き,形状,HG パラメータ,天体の直径,反射率,熱慣性,新たなスペクトル情報が明らかになった.これらの結果は,ミッションの策定に必要なだけでなく,探査がおこなわれた際にその結果と合わせて,太陽系天体の力学進化や物質組成, 地上データの解釈法等に関する理論構築に役立つ.
 

1. はじめに

太陽系始原天体サンプルリターンミッションの先駆けとなる探査機「はやぶさ」は,2005年に S 型近地球型小惑星(25143 )イトカワ(以下, イトカワ)を「その場観測」し,微小S型小惑星の素性を明らかにするなど,様々な成果をあげた.具体的には,カメラ撮像データにより,地上観測で予測されていた形状の詳細決定や自転軸の向きなどを測定し,地上観測の推定が正しいことを検証しただけでなく,重力計測によって質量を求め,形状観測から推定された体積を基にして,小惑星のバルク密度を推定した.一方,近赤外線と蛍光 X 線の分光観測によって,小惑星の表面物質が普通コンドライトの LL コンドライトであることを明らかにし,小惑星のバルク密度と LL コンドライトの平均的な密度との差から,小惑星の内部に空隙が存在し,小惑星がラブルパイル構造(がれきの積み重なりのような構造)をもつ直接的な証拠を始めて明らかにした..さらに,小惑星の表面物質としては均質であるが,可視および近赤外の波長で反射率や反射スペクトルの赤化の程度が異なることから,宇宙風化の程度が場所によって異なることを明らかにした.このことは,これまでの地上観測と隕石研究からは謎とされてきた,S 型小惑星と普通コンドライトの反射スペクトルの違いが,宇宙風化作用で説明できることを意味している.2010年に地球に帰還し,S 型小惑星の表面物質を届けてくれれば,更なる科学的知見が得られるだろう.「はやぶさ」回収試料の初期分析では,主要元素組成分析や鉱物同定が行われ,S 型小惑星の表面物質として何が存在しているのかが明らかになり,地上観測や小惑星近傍でのリモートセンシング観測で推定された,S 型小惑星と普通コンドライトの関係問題に終止符が打たれる.また,同位体比測定や微量元素組成分析も行われ,S 型小惑星の表面物質の形成年代や形成過程に関する情報が得られるだろう.さらに,有機物の存在の有無や,希ガス分析も計画されており,さらなる発見も期待されている.

現在,「 はやぶさ」の後継機として「はやぶさ 2」が検討されており, 2014年頃の打ち上げを目指している[1].そのターゲットは,C 型小惑星であり,S 型小惑星と並んでメインベルトに多いタイプの小惑星である.C 型小惑星は多くがメインベルトの外縁部に分布しておりその反射スペクトルから, 炭素質コンドライト隕石の母天体と推定されている.また,S 型小惑星よりも始原的な天体であり,有機物や含水鉱物を保持していると考えられている.C 型小惑星を調べることで太陽系空間にある有機物がどのようなものなのか,地球生命の原材料との関係はあるのかなど,太陽系科学に鮮烈なインパクトを与える科学的成果が期待される.

「はやぶさ 」の最有力ターゲット天体は小惑星(162173) 1999 JU3(以下,1999 JU3 )である.選定された理由は,それが C 型の近地球型小惑星[2]で,探査機が到達可能であるからである. この天体の観測好機は2007年夏から2008年春にかけての短期間であり,筆者らを中心に観測キャンペーンを行い,この期間に集中的に観測した.

本稿では観測から得られた,1999 JU3 の物理特性を示す. さらに,「はやぶさ 」の展望と今後の小惑星研究についても議論する.
 

2. 観測

表 1 は小惑星 1999 JU3 の観測記録である.可視,近赤外波長領域の測光(撮像)・分光観測は口径数 m の地上望遠鏡で, 中間赤外波長領域の測光観測は,すばる望遠鏡の COMICS と赤外線天文衛星「あかり」に搭載された IRC で行われた.

可視測光観測からは,小惑星の自転周期,自転軸の向き,形状等の物理的特徴が得られる.中間赤外測光観測からは熱物性を推定でき, 可視からの絶対等級と組み合わせることにより,小惑星の正確な直径や反射率 1 も導出できる.また,可視~近赤外域の分光観測からは表面物質に関する情報を得られる.
 

表 1 : 観測記録

望遠鏡 日付 観測者
<可視測光観測のライトカーブ> 計 57 晩
ハワイ UH 2.2 m 2007/7/8, 9/4 1
台湾鹿林天文台 1 m 2007/7/19-23, 12/3,4,6-8,
2008/2/26-28, 4/2,4,5
2,3,4
石垣天文台 1 m 2007/8/5,15, 9/6,11,13,15, 10/16,18, 11/13,15 5
美星スペースガードセンター 1 m 2007/8/9,10,17,20, 9/6,10 6,7
木曽観測所 1.05 m 2007/9/4,5,7,8,10,12,14,15, 11/7-9,11,13,
2008/2/5-8, 4/14,15
2,3,8,9,10
Steward 1.55 m 2007/9/11-14 11,12,13
<近赤外測光観測>
CFHT 3.6 m 2007/8/29-31 4
<中間赤外測光観測>
赤外線天文衛星あかり 2007/5/16 3,14,15,16
すばる望遠鏡 COMICS 2007/8/28 1,2,3,17,18
<可視分光観測>
MMT 6.5 m 2007/7/11, 9/10,11 19
近赤外分光観測
IRTF 3 m 2007/9/18,20 20,21

 

観測者 : 1:春日敏測, 2:安部正真, 3:川上恭子, 4:木下大輔, 5:黒田大介, 6:浦川聖太郎, 7:奥村真一郎, 8:猿楽祐樹, 9:宮坂正大, 10:高木靖彦, 11:P. R.Weissman, 12:Y.-J.Choi, 13:S.Larson, 14:長谷川直 15:和田武彦, 16:板由房, 17:高遠徳尚, 18:藤吉拓哉, 19:F.Vilas, 20:S.J.Bus, 21:A.Tokunaga
 

3. (162173)1999 JU3 の物理モデル

3 - 1. 自転周期
 

図 1. 典型的な小惑星の地球から見た反射断面積の変化とライトカーブ(例として 小惑星(1704)Wachmann [3]).暗くなっている部分が陰であり,反射断面積が変化するにつれて,地球から観測される明るさが変化することがわかる.
 

小惑星はいびつな形状をしているため,自転する間に地球から見た時の反射断面積が変化する.地球から観測される小惑星の明るさの時間変動をプロットしたものをライトカーブといい,小惑星を回転楕円体形状と仮定すれば,一般的にダブルピーク(極大 回)が自転1回に対応する(図 1).

 

小惑星 1999 JU3 の可視測光観測を 52 晩行い,得られたライトカーブの時系列データについて離散フーリエ変換周期解析(Period Searching & Light Curve Fitting Program; by B. Dermawan)をした.ライトカーブは様々な波の重ね合わせであると考えられるので,どのような波で構成され,どの周期の波が卓越しているかを解析して,その波の周期を小惑星の自転周期として求める方法である.結果, 自転周期の解として,パワースペクトルのピークに対応する 0.3178 日(7.6272 時間)とその次の 0.2750 日(6.6 時間) の 2 つが推定されたが(図 2), アリゾナ(アメリカ)~日本間の約 17 時間におよぶ連続したライトカーブデータに精度良くフィットできたのは前者のみであった. よって, 我々は 1999 JU3 の自転周期を 0.3178 ± 0.0003 日(7 時間 37 分 38 秒 ± 21 秒)と結論づけた.イトカワ(自転周期約 12 時間)より自転速度が速い.
 

図 2. 1999 JU3 の自転周期を導出する.ライトカーブの時系列データを離散フーリエ変換により周期解析した際,パワースペクトルのピークに対応する周期成分は最も可能性のある自転周期として解釈される.1999 JU3 の自転周期は 0.3178 日と推定された.
 

 

3 - 2. 自転軸の向きと軸比

自転軸の向き,軸比を推定するにはエポック法(Epoch Method),アンプリチュード法 (Amplitude Method)の 2 つの方法がある[4].前者はライトカーブの位相の差異から, 自転周期と自転軸の傾きを同時に推定する方法である.小惑星を長期間観測する際, 地球と小惑星の位置関係は変化するため, 天体の自転周期が見かけ上変化して観測される. エポック法はこの差を利用する. 後者は,太陽位相角の変化に伴うライトカーブの振幅の変化を利用して,自転軸の向きと軸比を同時に求める方法である.これらの方法を使用するには,長期にわたる観測から確認されるライトカーブの微小変化の情報が不可欠である.今回は 10 ヶ月に亘る観測から得られたライトカーブから, 1999 JU3 の自転軸の向き,軸比を求めることができた.

この 2 つの方法を適用した結果,自転軸の向きは,黄経 331 ± 10°,黄緯 20 ± 10°であり,軸比は,1.3 : 1.1 : 1.0 で球形に近い形状と推定される(図 3).
 

図 3. エポック法とアンプリチュード法から求めた自転軸の解.1999 JU3 の自転軸の向きを黄経 0 度から 360 度まで 1 度刻みに, 黄緯 - 90 度から 90 度まで 1 度刻みに仮定したモデルから計算されるライトカーブと, 観測から得られたライトカーブとの残差を示している.残差の最も小さいところが自転軸の方向である(黄経 331 ± 10°,黄緯 20 ± 10°).

 

3 - 3. 形状

次に,Kaasalainen モデル[5]を利用して, 小惑星 1999 JU3 の詳細形状を 3D ポリゴンで推定した. 30 晩にわたるライトカーブプロット (1387 点)と先に求めた自転周期,自転軸の向きを Kaasalainen モデルに入力して得られた形状が図 4 であり,エポック法,アンプリチュード法で求めた結果と同様に球形に近い.

図 4. Kaasalainen モデルから得られた 1999 JU3 の形状.左からそれぞれ,自転軸の真上から(pole - on), 赤道上の正面から(edge - on), 側面から(end - on)見た図である.形状は球形に近く, エポック法とアンプリチュード法で求めた結果と整合的である.

 

3 - 4. HG パラメータ
 

HG パラメータは太陽位相角の変化に伴う小惑星 1999 JU3 の平均光度変化から明らかになる値で, H は絶対等級(小惑星が太陽と地球の両方から 1 AU の距離にあり太陽位相角が 0 度のときの明るさ),G はスロープパラメータ(太陽位相角に対する小惑星の光度変化を示す指標)である[6].絶対等級は赤外線観測の結果と合わせて,天体のサイズ,反射率を求める際に用いられ, スロープパラメータは小惑星表面の光散乱特性を知る手がかりとなる.今回の観測で, H = 18.82 ± 0.02, G = - 0.110 ± 0.007 と求まった(図 5).
 

図 5. 1999 JU3 の位相角と平均光度の関係図. HG パラメータを定量的に評価するため,絶対等級とスロープパラメータの関係式[7]を用いてフィッティングした(H = 18.82 ± 0.02, G = - 0.110 ± 0.007).

 

3 - 5. 直径,反射率,熱慣性

本研究では直径,反射率,熱慣性の導出に際して Lagerros 1996, 1997, 1998[8][9][10] で提唱された Thermophysical model(TPM)を用いて求めた.

求められた値は,次の通りである[11].

直径:920 ± 120 m
反射率:0.063 + 0.020 / - 0.015
熱慣性:500 J / m2 / kg / s0.5 以上
 

3 - 6. 可視・近赤外スペクトル

図 6 に本研究で観測された 1999 JU3 と典型的な C 型小惑星の可視~近赤外反射スペクトルデータを示した.両方のスペクトルは可視から近赤外の長い波長領域(0.5 ~ 2.5 μm)にわたり平坦なスペクトルであることが分かる.1999 JU3 は Binzel et al. 2001[2]の可視分光観測から C 型小惑星と判明していた. 今回新たに得られた 0.8 ~ 2.5 μm の近赤外のスペクトルにおいても吸収バンドは確認されず,平坦な反射スペクトルであることが分かった.1999 JU3 は典型的な C 型小惑星の特徴と調和的であると言える.
 

図 6. 3 本のスペクトルは,上から(78)Diana,(175)Andromache,1999 JU3 の可視・近赤外反射スペクトル.上の 2 本はどちらも典型的な C 型小惑星[12]のスペクトルであり,縦軸をそれぞれ + 0.1 と + 0.2 ずつシフトさせ,1999 JU3 のスペクトルと比較するために示した.1999 JU3 の可視域は Multiple Mirror Telescope(MMT)6.5 m 望遠鏡で[13],近赤外域は NASA Infrared Telescope Facility(IRTF)3.0 m 望遠鏡で観測された.

 

以上,得られた 1999 JU3 の物理特性を表 2 にまとめた.
 

表 2 : 観測記録

自転周期 7 時間 37 分 38 秒 ± 21 秒
自転軸の向き 黄経 331 ± 10°,黄緯 20 ± 10°
軸比 a : b : c = 1.3:1.1:1.0
形状 図 4 を参照
絶対等級 18.82 ± 0.02 等
スロープパラメータ - 0.110 ± 0.007
直径 920 ± 120 m
反射率 0.06 + 0.020 / - 0.015
熱慣性 500 J / m2 / kg / s0.5 以上
スペクトルタイプ C 型

 

4. はやぶさ 2 の展望と今後の小惑星研究

ここでは,実際に 1999 JU3 への探査が実行された場合に期待できる相乗効果を考察した.
 

4 - 1. 小惑星の自転進化の観点から

小惑星のサイズと自転周期は, YORP 効果(Yarkovsky - O' keefe - Radzievskii- Paddack effect)と相関があると考えられている[14][15].この効果は, 天体表面での太陽光散乱と熱輻射の不均一性による回転トルク運動のことであり,形状がいびつな天体に生じやすい.特に,数 km より小さい小惑星では YORP 効果により自転周期とその軸の向きに変化が起きやすい.

例えば,これまで観測されているメインベルト天体の平均的な自転周期は 8 ~ 9 時間であるが[14],「はやぶさ」が探査したイトカワの自転周期は 12 時間以上であった.イトカワはサイズが小さく(有効直径 320 ± 30 m [16])いびつな形状のため YORP 効果が働きやすく,その結果自転周期が遅くなった可能性がある.一方で,1999 JU3 はイトカワよりひと回りサイズが大きく,本研究で明らかになったように,形状が球形に近いため YORP 効果が働きにくい可能性がある.実際,自転周期は小惑星の平均的な値に近い.「はやぶさ 2」による「その場観測」からさらに詳細な形状・自転周期の変化を求めることによって YORP 効果の現象の理解を深められると考えられる.
 

4 - 2. 小惑星の表面状態の観点から

小惑星表面の状態については, スロープパラメータにより推定可能だと考えられてきた.スロープパラメータは小惑星の反射率に依存し,その表面状態を表す"Taxonomy"との相関を指摘されているからである[17][18].例えば,S 型小惑星の反射率は比較的高く,そのスロープパラメータの典型値は 0.25 ~ 0.29 である.一方で,反射率が低い C 型小惑星での典型値は 0.09 ~ 0.15 と報告されている[6].しかしながら,1999 JU3 のスロープパラメータは典型的な C 型の値よりかなり小さい値(- 0.110 ± 0.007)であった.このことは何を意味するのだろうか?

図 7 に C 型小惑星の絶対等級とスロープパラメータの分布を表す[19].C 型小惑星のスロープパラメータの値には - 0.1 ~ 0.4 と大きなバラツキがある.特に,絶対等級が 15 等より暗い小惑星ではほとんどスロープパラメータの値が知られていないことが分かる.今回観測した 1999 JU3 は, 絶対等級が 18 等より暗い小惑星で初めてスロープパラメータが求まり,これまでの傾向から大きく外れている.絶対等級が 15 等付近の小惑星のスロープパラメータも,明るい小惑星に比べて小さく見えるため,天体のサイズとスロープパラメータの間に相関があるのかもしれない. これらのことは今後,暗い C 型小惑星のスロープパラメータの決定事例が増えれば, さらに議論できるようになるだろう.また,探査による小惑星の近接観測例が増えれば,小惑星の表面状態とスロープパラメータの関係がより詳細に明らかになると期待できる.
 

図 7. C 型小惑星の絶対等級とスロープパラメータの分布図. 1999 JU3 の絶対等級は最も暗く, そのスロープパラメータの値は他の C 型小惑星と傾向が異なる.
 

さらにもうひとつ,熱慣性も小惑星の表面状態を探る上で有効な物理量である.このパラメータは表層が,砂状かあるいは岩石状態かを推測する手がかりとなると考えられてきた. 例えば,月と 4 大小惑星(1 Ceres,2 Pallas,3 Juno,4 Vesta)は厚さ数 10 ~ 数 100 m のレゴリス層に覆われていると考えられており,それらの熱慣性は 5 ~ 50 J / m2 / kg / s0.5 である.一方で,イトカワの熱慣性は地上観測で 750 J / m2 / kg / s0.5 と計測されており,「はやぶさ」による「その場観測」から表面は数~数 10 m の石に覆われていることが確認された.ここで, 熱慣性と表層状態の関連性が改めて認識されたのである.1999 JU3 の熱慣性は 500 J / m2 / kg / s0.5 以上であるため,1999 JU3 の表層もイトカワと同じようにレゴリスに覆われていない可能性が高いが, その表面が 1 枚岩であるか石で覆われているかは「その場観測」が行われるまで不明である.探査によって km サイズの C 型小惑星の表面状態をダイレクトに確認することが重要である.
 

4 - 3. 小惑星の表面組成の観点から

C 型小惑星の反射スペクトルは可視域でおおむね平らであることを前章で述べた.その他の重要な特徴として,可視領域における含水シリケイトの吸収線(0.7 μm)の有無が挙げられる.本研究で観測された 1999 JU3 のスペクトル(図 6)では,吸収線は確認されていない.1999年に実施された分光観測でも吸収線は見られなかった[2].

しかし,2007年における同小惑星の観測において,その吸収線が確認されたという報告がある(図 8)[1 ].なぜ, 同じ小惑星についての分光観測結果に違いが見られるのだろうか? 図 8 のそれぞれのスペクトルは,観測された時期が異なるため, 太陽光の入射条件の違いに起因した反射率の変化が推測される. そのため,吸収線の検出に影響を及ぼし,結果に違いが生じたとも考えられる.だが,他の可能性として表面の不均質性も挙げられている[13].このような表面の不均質性はメインベルトの C 型小惑星ではすでに発見されている[20].「はやぶさ」がイトカワの近接観測で明らかにしたように, 場所による宇宙風化作用の程度の違いが原因とも推測される.
 

図 8. 1999年, 2007年に取得された 1999 JU3 の可視反射スペクトル[13] の Fig.2 を改変.各観測において太陽位相角が異なるためスペクトルプロファイルの様相が異なる. 含水シリケイト起源と考えられる吸収帯(0.7 μm 付近)も影響を受けている(2007年7月:窪み,2007年9月:平坦,1999年:山なり).
 

「はやぶさ 」による 1999 JU3 の表面での近接観測が成功すれば,含水シリケイトの有無,表面の不均質性,そして宇宙風化作用についても詳細な調査が可能となる.さらにサンプルリターンに成功すれば,C 型小惑星に含まれている有機物や含水鉱物がどのようなものであるかを知ることができ,太陽系の始源物質の手がかりが得られると期待される.

 

4 - 4. 小惑星の地上観測と探査の観点から

最後に地上観測と探査の関連を述べる.地上観測から推定された物理特性と,探査によって高解像度で明らかにされた結果を比較することで,双方から得られた情報の整合性を確認できる.それは, これまで行われてきた小惑星の地上観測の妥当性を検証することにつながる.

我々の地上観測において,自転軸の向きは精度良く決定できなかった.自転軸の決定には,太陽-小惑星-地球の位置関係に伴って刻々と変化するライトカーブの位相のズレや振幅において高精度(S / N の高い)のデータが求められる.だが,観測好機の時期だったとはいえ,継続的に良いデータを撮り続けることは容易くなかった.探査機による「その場観測」でより正確な自転軸の向きが明らかになるだろう.

興味深いことに,小惑星の自転軸の向きや自転周期には,微惑星の衝突・破壊の痕跡が反映されているとも考えられている.図 9 は,主に大きなサイズの(明るい)小惑星(直径数 10 ~ 数 100 km)で明らかにされてきた自転軸の向きの分布である[14].自転軸が黄道面に対して垂直であるものが多く, 二峰性の分布であることが分かる.だが一方で, 1999 JU3 やイトカワのような小さいサイズ(直径 km サイズ)の小惑星のグループでは,この分布傾向は異なる可能性も考えられる.微惑星の衝突・破壊の進化に加え,YORP 効果も自転軸の向きに変化を及ぼすと推測されるためである[21].今のところ,km サイズの小惑星の自転軸方向の分布を求めるには,サンプル数が極めて少ない.暗い(小さいサイズの)小惑星の観測が困難であるためである.今後,探査機や地上の中口径望遠鏡を使った観測を増やし,統計的に評価可能なサンプル数を集めることが当面の課題であろう.
 

図 9. 小惑星の自転軸方向の分布[14].1999 JU3 は順行回転で,その自転軸は横倒しである.一方, イトカワは逆行回転で自転軸が直立している.
 

なお,今回の観測からは 1999 JU3 には大きな衛星はなさそうである.見ている向きによってたまたま掩蔽が起きないという可能性は捨てきれないが,様々な方向から連続観測をして掩蔽らしい現象は見つかっていないので,大きな衛星はない可能性が高い.

 

5. 探査へのフィードバック

本研究では「はやぶさ 2」の探査ターゲット天体(162173)1999 JU3 の観測を集中的に行った.その結果,自転周期,自転軸の向き,軸比,形状,絶対等級,スロープパラメータ,直径,反射率,熱慣性,可視近赤外スペクトルが明らかになった. 本研究の結果は,以下に述べるように探査機に搭載する観測機器の仕様,探査機による小惑星の観測や着陸を含めたミッションの策定に役立つ.

・自転周期
探査機が着陸する際の検討に必要である.自転周期が速いと,着陸体勢に入ってから着陸までの時間を短くする必要がある.探査機が速く降りるためには,スラスタを多く使用するので燃料の消費が多くなり,燃料の搭載量という探査機設計の根本に効いてくる.

・自転軸の向き・形状
形状は着陸地点の検討に関連し,自転軸の向きは科学観測機器の観測計画にも影響する.探査機が自力で小惑星周辺を回らない限り, 小惑星の全球観測ができるかどうかは小惑星の自転や公転によって決まる. 特に自転軸が横倒しになっている小惑星や,滞在期間が短い場合は,滞在中ずっと陰になっていて観測できない領域が発生することになる.全球を観測できないと,小惑星の体積の見積もりに誤差が生じ,小惑星の密度の推定にも影響する.

・スロープパラメータ
太陽位相角に伴う明るさの変化のパラメータなので,探査機が小惑星のすぐ側で観測する時の太陽高度に伴う明るさの見積もりに使える.これはカメラや分光計の感度予測(積分時間予測) にも使われるほか,熱モデルの計算にも使われる.また,高分解能の位相角依存性のデータは,表面の光散乱特性の研究にも使える.

・反射率
カメラの感度を決めるのに重要である.露出時間を小惑星の明るさの変化に応じて適正に設定しなければならない.

また反射率と表面温度は探査機の着陸の際の熱設計に必要である.反射率が高い場合は,太陽光と同じ波長特性の電磁波を小惑星表面からより多く受ける.また,表面温度が高い場合は,表面からの熱を受ける.これらのことを考慮して,探査機の熱収支をあらかじめ計算し,探査機の内部温度が最適になるように探査機表面の光学特性の調節や,排熱処理が行われる.観測機器は, 探査機の温度範囲を考慮して設計され,あらかじめ設定された温度範囲で必ず動くように試験されるのである.

・熱慣性
サンプラーは熱慣性から推定される表面状態を考慮して設計される.予想される表層で有効に小惑星表面物質を収拾できるようにサンプラーのデザインを行う必要がある.
 

おわりに

以上に述べたことを考慮しながら「, はやぶさ 2」のミッション検討が現在まさに進められているところである.

C 型である 1999 JU3 の探査が実現すれば,始原的な天体に関して多くの新しい知見が得られることが期待され, 現在までになされた小惑星に関する数多くの観測や実験,隕石の分析と組み合わせることによって,太陽系の起源と進化に関しての理論構築へとつながる.これらは地球上での研究のみでは得られず,小惑星の「その場観測」・サンプルリターンによって初めて可能となる.
 

謝辞

この研究をするにあたって,以下,多くの方々が観測キャンペーンに協力して下さいました.

吉川真氏(ISAS/JAXA),北里宏平氏(会津大学),黒田大介氏(国立天文台),木下大輔氏(國立中央大學),猿楽祐樹氏(木曽観測所),宮坂正大氏(東京都庁),浦川聖太郎氏,奥村真一郎氏(日本スペースガード協会),高木靖彦氏(愛知東邦大学),和田武彦氏(JAXA),板由房氏,藤吉拓哉氏,高遠徳尚氏,寺田宏氏(国立天文台),Faith Vilas氏,Paul R. Weissman 氏(MMT observatory),Young-Jun Choi 氏(JPL),Alan Tokunaga 氏,Schelte J. Bus 氏(ハワイ大学),Steve Larson 氏(アリゾナ大学),Thomas G.Mueller 氏(Max-Planck-Institute)

この場を借りて深くお礼申し上げます.

また,査読者には,教育的かつ建設的なご意見を数多くいただいたことを感謝致します.第三著者の長谷川直は宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究本部のスペースプラズマ共同利用から支援されています.最終著者の春日敏測は日本学術振興会海外特別研究員制度からの援助を受けています.
 

参考文献

[1] Yoshikawa, M., et al., 2008, 39th Lunar and Planetary Science Conference, 1391, 1747.
[2] Binzel, R. P., et al., 2001, Icarus 151, 139.
[3] William, J. M., II. 2008, The Minor Planet Bulletin, 35, 4.
[4] Magnusson, P., 1986, Icarus 68, 1.
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CATEGORY: 次世代太陽系探査

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