The Planetary Society of Japan

次世代太陽探査

第2回惑星科学最前線セミナー開催報告

Updated : October 31, 2016 - 太陽系惑星科学の勧め

日本惑星科学会誌「遊星人」 Vol. 22, No.1, 2013 掲載

木村淳1,栗田敬2,久利美和3,倉本圭4,はしもとじょーじ5
1. 惑星科学研究センター(CPS)/北海道大学(現・東京工業大学地球生命研究所).2. 東京大学地震研究所.3. 東北大学.4. 北海道大学.5. 岡山大学

この原稿元ファイル:[ 日本惑星科学会誌「遊・星・人」第22巻(2013)1号 - PDF ]
 

1. 開催の背景

一般社会や国民に対する科学への興味の糸口として,惑星科学の研究成果は様々な機会に幅広く取り上げられてきている.一方で,惑星科学は比較的あたらしい研究分野であり,従来の教育の場でその取り扱いが明確にされているわけではない.高校や中学などの教育現場では,惑星科学は「地学」の括りで教えられている場合が多いが,現在の高校理科教科においては地学を履修できる場が減少しているのが現状である.この波は大学での初年度教育や教養課程教育にもおよぶことが懸念され,惑星科学の今後を語る上でも無視できない状況となっている.一方で,「はやぶさ」や「かぐや」をはじめとする惑星探査などには多くの国民が関心を寄せ,またよりよい社会あるいは自然災害に備えるために地球について学びたいと考えている国民も少なくない.このような現状を踏まえ,高校や中学,社会一般の現場で惑星科学の成果をどのように伝えたら良いのか,従来の教育体制における物理・化学・生物・地学という縦割り型科学分類の枠組みを外れたところに惑星科学が果たし得る役割があるのではないか,などの視点に立った情報交換や議論を行う場が必要である.

そうした動機付けのもとで,2012年12 月22 日(土)に惑星科学研究センター(CPS)において「第2回惑星科学最前線セミナー」が開催された.CPSが主催する本セミナーの第1回目は同年3月に行われ,教育・文化活動従事者に向けて惑星科学の最新トピックを提供する講座として開催された.2回目となる今回は,教育やアウトリーチの現場で活躍される方々と惑星科学研究者との情報交換に重きを置き,「高校・中学などの教育の現場で惑星科学をどのように伝えたら良いのか?」をテーマとする議論の場とした.
 

2. プログラムと講演内容紹介

本セミナーにあたっては世話人で選定した講演者に話題提供をお願いし,中学や高校などの教育現場に従事する方々も参加しやすいよう平日を避けた12月22日の土曜日に開催した.終日を使って行われたセミナーの前半では,高校教育の現場で地学・惑星科学の教育に従事する教員やアウトリーチ活動に携わる方々から,各校での取り組みの実情や問題点を明らかにして頂き,その延長線上で科学啓蒙活動や大学初年度教育と高校とのインターフェースの問題点などを紹介して頂いた.また後半は,惑星科学の研究者側からの話題提供として, 惑星科学の新しい視点である「Habitability」が理科教材としてどのような可能性があるのか,いくつかの例に基づいて説明をして頂いた.以下,簡単かつ著者の視点ではあるが,本セミナーの一端を紹介したい.
 

表 1 : 第2回惑星科学最前線セミナープログラム[1]

上原隼(桐朋中学・高等学校)「中高生の地学の学習」
猪熊眞次(香川県観音寺第一高校)「本校での惑星科学に関する取組みの紹介と香川県の地学教育の現状について」
谷川智康(兵庫県三田祥雲館高校)「天文部活動の現状と課題」
新井真由美(日本科学未来館)「惑星科学に関連した科学館における多様な科学コミュニケーション活動」
岡本義雄(大阪教育大・附属高天王寺校)「高校でのクレータ年代測定実習を通して見る地学教育の現状と将来への展望」
久利美和(東北大)「大学から見る高校課題研究の現状、学会高校生セッションの紹介など」
栗田敬(東大地震研)「地球と火星の表層環境」
木村淳(北海道大/CPS)「太陽系における生命発生場」
倉本圭(北海道大/CPS)「系外惑星にみるHabitability」
総合討論
懇親会

 

図 1. セミナー風景
 

 

はじめに,桐朋中学・高等学校の上原隼氏には,惑星科学にまつわる地学教育の現状について,今年度が教育課程改変年度にあたることに関連した講演をいただいた.平成25年度から新学習指導要領が全面実施されるのを前に,高校の理数科目は今年度から新要領(理科は,物理基礎,物理,化学基礎,化学,生物基礎,生物,地学基礎,地学で構成)が先行実施されており,物理・化学・生物・地学の4領域から 3 領域を学ぶことが必修となる(従来は 2 領域)ことなど,本セミナーの基調となる話題から始めていただいた.また全国の高校1年生における地学基礎の履修率は 7.5 %(物理 36 %,化学 54 %,生物 57 %)にとどまり,大学入試に対しては地学が特に私立大入試において無力であることなどのリスクの高さが敬遠され,地学が好きでも受験で使えないジレンマがある現状が報告された.さらには,平成25年度は地学の検定済教科書が存在しない(履修率の低い科目の教科書を出版社が作っても商売にならない)という実情にも驚かされた.

~以下、” 惑星科学研究センター(CPS) ” ウェブ収録資料~
講演動画 ” 中高生の地学の学習 ” - 講演者 : 上原 隼(桐朋中学・高等学校)
” 講演資料 ” - PDF-17.65MB

 

次に香川県立観音寺第一高校の猪熊眞次氏からは,スーパーサイエンスハイスクール(SSH)制度指定校としての惑星科学関連活動の例として,西はりま天文台等での実習を含む自然体験合宿や,JAXA や JPL など国内外の研究施設・大学の見学研修活動の紹介があった.加えて,科学技術振興機構(JST)によるサイエンス・パートナーシップ・プロジェクト(講座型学習活動支援,SPP)の一環として,ボーリング調査を通した「学校のある大地の成り立ちを探る」取り組みなどを報告いただいた.また地学教育の現状として,理科教員の多くは自分の専門科目を教えたがるために新学習指導要領で理科 3 領域が必修となっても,地学教員がいない多くの普通科高校では地学科目が開講されない.こうした状況を変えるためには第一に地学教員の増員が必要だが,そもそも学校現場からの要望がないことから地学教員の採用試験自体がほとんど実施されていない.そこで「地学」という名称を「防災教育」や「総合科学」などに改めて専門性を薄めることや,採用試験の専門科目を地学単一ではなく地学+物理のように2科目で実施することによって,惑星科学を専門的に学んだ人材を教員として採用できる道が開けるのでは,との案が議論された.

~以下、” 惑星科学研究センター(CPS) ” ウェブ収録資料~
講演動画 ” 本校での惑星科学に関する取組みの紹介と香川県の地学教育の現状について ” - 講演者 : 猪熊 眞次(香川県立観音寺第一高校)
” 講演資料 ” - PDF-6.53MB

 

続いて三田祥雲館高校の谷川智康氏からは,SSH 制度指定校の活動として,教科「探究」をベースにした理数系学習プログラムを開発し,天体力学や風力発電,有機合成化学などの講座を 3 年間にわたって展開していることの紹介があった.兵庫県下の高校でも地学教育は絶滅状態にあり,こうした学校独自の学習プログラムを組むこと以外には地球惑星科学に触れる機会がないとのことである.また天文部顧問としての視点から,夜間に部活動を行うことの困難や,大学への繋がりの一環である AO や推薦入試の拡大を求める意見が出された.ただしこれには,例えば成績は良くても意欲が低く,通常の入試を回避する手段として AO を使うような不穏当な志願者が生じる弊害もあるとの指摘もあった.

~以下、” 惑星科学研究センター(CPS) ” ウェブ収録資料~
講演動画 ” 天文部活動の現状と課題 ” - 講演者 : 谷川 智康(兵庫県立三田祥雲館高校)
” 講演資料 ” - PDF-2.53MB

 

日本科学未来館の新井真由美氏からは,未来館の目標を「先端科学技術を文化のひとつとしてとらえ社会全体で共有する」と掲げ,それに向けた具体的な取り組みとして,人材(科学コミュニケーター)育成や,未来館と社会との媒介をなすメディア,研究者・技術者,産業界,ボランティアなど 8 つのネットワークの形成,先端科学技術の情報発信とその手法開発などの活動が紹介された.「親しみやすさや楽しさ」と「研究の精密さ」の表現の両立を意識することや,迫力ある映像・音声の臨場感や観察を通した驚き・感動だけでなく,「ものより人」をコンセプトとした直接対話による共鳴効果なども重視し,惑星科学の魅力や夢について市民と研究者が語り合い新たな価値を獲得できる場を提供することが強く意識されている.

~以下、” 惑星科学研究センター(CPS) ” ウェブ収録資料~
講演動画 ” 惑星科学に関連した科学館における多様な科学コミュニケーション活動 ” - 講演者 : 新井 真由美(日本科学未来館)
” 講演資料 ” - PDF-7.61MB

 

大阪教育大学科学教育センター・附属高等学校天王寺校舎の岡本義雄氏には,はじめに「クレータ年代学を高校生と楽しむ」と題した火星表面のクレータカウンティング実習例を紹介していただいた.大変な作業ではあるが,データをプロットしてすぐに興味深い年代測定の結果が出ることは生徒の興味を大いに引き,地味な統計でも実は最新の科学の最先端の研究や科学論争につながることを実感でき好評である.理科履修に関しては,教養主義を取っていることから基礎4科目すべてを必修としている.一方で最近の生徒の傾向として,無駄やリスクを避け最小の努力で最大の成果を掴もうとする「最適解幻想」にとらわれがちであり,その結果の一端として AO や推薦入試が増加しているのではないかとの指摘もあった.

~以下、” 惑星科学研究センター(CPS) ” ウェブ収録資料~
講演動画 ” 高校でのクレータ年代測定実習を通して見る地学教育の現状と将来への展望 ” - 講演者 : 岡本 義雄(大阪教育大学附属高等学校天王寺校舎)
” 講演資料 1 ” - PDF-1.79KB
” 講演資料 2 ” - PDF-2.875KB

 

東北大の久利からは,所属する教育研究支援部アウトリーチ支援室の活動として,公開講座や出前授業の推進,仙台市天文台や教育委員会などとの地域協力協定,サイエンス・エンジェルなど学内プロジェクト推進に関する紹介があった.また,JSTによる大学・高等専門学校向け理数系学習環境支援事業の一環である「未来の科学者養成講座」として,東北大学は「科学者の卵養成講座」のプログラムが採択され,全国から選抜された 100 名の高校生を対象に大学講師陣による高レベルの講義とレポート課題を与え,高評価者は発展コースとして大学各研究室に配属されて研究課題の実施を行っている.それらの発表の場として,地球惑星科学連合大会など各種学会講演会での高校生セッションを活用するなどの展開も紹介された.

~以下、” 惑星科学研究センター(CPS) ” ウェブ収録資料~
[ 大学から見る高校課題研究の現状、学会高校生セッションの紹介など ]:講演者 - 久利 美和(東北大学)
講演資料 ” - PDF-3.89MB

 

本セミナーの後半では,従来の理科教育にある縦割り型の物理・化学・生物・地学という枠組みを融合した「惑星科学」という研究分野の課題例として,惑星科学の研究者からHabitabilityをキーワードにしたいくつかのトピック紹介が行われた.栗田からは,地球と火星の表層環境の違いや火星での大規模変動の有無というトピックの中で,火星の温度圧力環境や流水活動の地形学的痕跡を通して示唆される,過去の火星表層での水の存在可能性についての講演がなされた.また地球との表層環境の大きな違いとその原因を探る「謎」として,火星では平均気圧の年変動幅が非常に大きい(2 地球年間で 30 % 変化.地球ではせいぜい 1 %)こと,気温の日変動幅が非常に大きい(火星では 60 ℃ にも達する)こと,一方で気温の高度減率がほとんどないことなどが示された.

~以下、” 惑星科学研究センター(CPS) ” ウェブ収録資料~
講演動画 ” 地球と火星の表層環境 ” - 講演者 : 栗田 敬(東京大学)
” 講演資料 ” - PDF-4.79MB

 

木村は,生命発生場を液体水と岩石との相互作用系と定義した上で,そのような場が存在する地球外候補天体として氷衛星をとりあげた.そして一部の衛星で存在が示唆されている地下海の推定方法に関する多角的なアプローチをレビューした.天体内部に地下海が存在することによって,潮汐力による表面変形が大きくなり特徴的な地形が生成することや,衛星にかかる惑星磁場の周期変動に応答した二次的な磁場が生じ得ることなどが,リモートセンシング観測を通した地下海の存在予想に有用であることなどが説明された.

~以下、「惑星科学研究センター(CPS) ” ウェブ収録資料~
講演動画 [ 太陽系における生命発生場 ” - 講演者 : 木村 淳(北海道大学) 講演資料 ” - PDF-6.64MB

 

倉本からは,ビッグバン宇宙から冷却・分化を経た末に地球のような生命を育む惑星が形成する条件について一定の答えを出してくれるのが系外惑星のサイエンスである,という視点に立ったレビューがなされた.近年の観測からは,ハビタブルゾーンにありつつ地球より巨大なスーパーアースという新たな天体カテゴリが発見されているが,理論的見地からは,例えば地球初期大気に多く存在し雷放電などで有機物の生成に寄与すると考えられている水素がスーパーアースではその後も残存してしまう問題や,強大な圧力によってコア物質の融点が上がる結果,コアが凍結し磁場が生成できなくなる問題,そして巨大な固体天体でも地球同様にプレートテクトニクスが生じるかは自明でない問題など,生命活動に適さない環境になるいくつかの可能性がある点に触れ,ハビタビリティの見直しが必要であるとの見解を示した.また,現在の地球のような外部依存型生命圏に対して氷衛星の地下海のような内部依存型生命圏があるように,そもそも惑星がハビタブルゾーンにある必要はないとの視点も示した.

~以下、” 惑星科学研究センター(CPS) ” ウェブ収録資料~
講演動画 ” 系外惑星にみるハビタビリティ ” - 講演者 : 倉本 圭(北海道大学)
” 講演資料 ” - PDF-2.49MB

 

3. 結び

以上,駆け足だが「第2回惑星科学最前線セミナー」の概要について紹介した.急な呼びかけだったにもかかわらず,科学と社会のつながりや,科学の教育,惑星科学の将来などに興味を持つ20名近い参加者が集い,その所属も多岐にわたったことから大いに盛り上がるセミナーとなった.本セミナーは発表中の質問も歓迎する自由な雰囲気で行われ,そのためか議論が大いに盛り上がり一時はスケジュールが1時間ほど押すこともあったが,それだけ参加者のそれぞれが問題の重要性を認識しているテーマだったことの表れだろうと感じている.今回のセミナーの目的は,中学高校教育やアウトリーチの現場の現状を報告していただきながら,惑星科学が地学教育などに果たせる役割を議論することであった.前章でそれらの概略を紹介したように,本セミナーでは各現場での活動内容や問題点の実情をそれぞれに紹介することがメインとなり,本セミナーをもって現状の教育現場の問題点を解決するための具体的なアウトプットが構築されたわけではない.これは世話人の不徳の致すところではあるが,セミナーで掲げたテーマや提供された話題の幅の広さ・見えてきた問題点の根深さ,そして参加者から次回以降の開催を求める声が多くあがったことは,問題解決の糸口を見いだすには今回の議論だけでは到底足りないことを示すものだったと感じている.第 3 回以降の開催時期やテーマは未定だが,社会との重要なコミュニケーションの場として,また日々変わりゆく教育状況や科学の進展を柔軟にフォローできるセミナーとして,継続的に開催していきたい.そしてその機会がさらなる理科教育の充実と惑星科学コミュニティの拡大につながることを期待したい.

最後に,セミナー開催を支えて頂いたオーガナイザーの皆様や,多くの興味深い話題提供を頂いた発表者の皆様,そしてセミナーを盛り上げて頂いたすべての参加者の皆様に厚く御礼申し上げます.

[1] セミナーでの講演資料と映像は,” https://www.cps-jp.org/~sicg/outreach/fy2012/top-seminar2/top-seminar2.html ” で公開している.
 

 

 

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