The Planetary Society of Japan

東大新報 - 惑星科学の勧め

Modified : January 09, 2017 - 太陽系惑星科学の勧め

『東大新報』1998 掲載

廣井孝弘
ブラウン大学 地球・環境・惑星科学科上席研究員
 

4 章. 隕石と小惑星の謎

4 - 1. 隕石はどこから来たか?

隕石については前回も少々触れたが、ここではそれらがどこから来たのかということに的を絞ることにする。隕石が良く知られていない時代には、それが空から落ちて来たのを見たという人の証言は UFO を見たという人のように簡単には信じられないものであった。ところが時代が下って人口が多くなり、高度の観測機器も出てきて、隕石が確かに空から落ちてきているのだということと、更に運が良ければそれが地球に落ちる前はどんな軌道を描いて太陽系に存在したのかということを計算できるようになった。そんな隕石の一つがロストシティー隕石で、その軌道は地球軌道に交わるような部分から小惑星帯に交わるところまで伸びた楕円であった。このことは、隕石が小惑星帯から来た可能性があることを示唆する。

一方、以前に紹介した太陽系生成論に依れば、太陽系は塵とガスからだんだん大きくなって固まったのだから、小さなかけらが取り残されていて隕石として降ってきてもおかしくないと考えられる。実際、地球がまだ現在の大きさに成長していない頃は、隕石が多く降り注いでいて、それゆえにここまで大きくなったのである。しかしながら、そんな 46 億年も前の材料物質が未だにどの惑星や衛星にも取り込まれずに浮遊しているだろうか?多数の学者の意見は「否」である。隕石の中には、ただ単に塵が固まったまま 1 メートルくらいの大きさ以上に成長せずに隕石として落ちて来たというものは見当たらない。先に述べたコンドライトにしても、最も原始的な隕石とは言え、その組織を見ると水か氷が常温近くで鉱物を水質変成させたり、加熱して低温鉱物を熱変成させたりというような隕石よりもずっと大きな天体でないと起こりにくいような現象が起こったことが分かる。したがって、隕石は塵がいったんある程度大きな天体に成長した後でそれが壊れて出来たかけらであると考えられる。また、隕石を常に生産するためには、今現在も衝突が頻繁に起きている場所から隕石が来なくてはならない。

それと、隕石の溶融固化年代は非常に古い。大部分が 45~46 億年前である。普通大きな天体(惑星・衛星)にある岩石は、その天体の熱・水か氷・隕石衝突・風化作用などによって変化してしまう。太陽系生成時からほとんど変化していないのは、比較的小さい天体で、大気や水もなく内部の放射性元素の発熱も小さいようなものしかない。

以上のことから自然に結論されるのは、大部分の隕石は小惑星から来たということである。望遠鏡で観測して分かるように、大きくて観測にかかる小惑星だけでも何千と存在する。小さなものまで数えたらまた桁違いに多いはずである。また、太陽系生成論で触れたように、小惑星帯は木星に近く、木星の摂動によって軌道をずらされて円軌道からのずれが大きな楕円軌道となって、お互いに衝突しやすくなる。もちろん、彗星から来た隕石もあるだろうが、氷を含む場合はその氷が大気圏突入時に溶けて空洞を作り、隕石が破壊されてしまう。それゆえ、彗星からは塵(ダスト)としてのみ物質が降ってくると考えられる。また、例外的な隕石としては、月または火星から来たと考えられている隕石である。それらは月や火星の初期の大規模な地殻活動の記録を残している。

大部分の隕石が小惑星帯から来ているというのは非常に都合がいい。なぜなら、小惑星帯は地球から遠いので今のところ簡単には石を取って来るわけにはいかない。また、小惑星はあまり大きくなれなかったために、太陽系の材料物質が固まった後で変成する途中で止まってしまった様に成っている物が多く、太陽系物質の材料物質から現在の物質に至る進化の歴史を語りうる物である。
 

4 - 2. 隕石がどの小惑星から来たかを調べる方法

上述したように、隕石は小惑星が衝突して出来たかけらであるから、その小惑星は運が悪ければもはや存在していないことになる。しかしながら、望遠鏡で見えるような比較的大きな小惑星は、衝突が起こっても生き延びる可能性が大きいと考えられ、そのかけらが地球のどこかに過去に落ちたかもしれないと思うのは自然である。

特定の隕石がどの小惑星から来たかを調べる第一歩は、岩石及び鉱物組成が同一かどうかを調べることである。そのために、小惑星に行って試料を取ってくる以外に最善の方法は、望遠鏡で見える小惑星からの太陽光の反射を分光して、隕石にも同様の測定をし、それらの反射スペクトルのパターンを同定することである。これは簡単そうに聞こえるが、実は奥が深いことである。実を言えば、筆者はこの小惑星と隕石の鉱物学的分光学に取り組んで10年以上になるが、未だに未解決のことは多く、新しい観測・実験・解析が新しい結果を生み出し続けている。

この方法の結果については次節以降で詳しく解説するが、最初にこの反射スペクトルを用いてユークライトという隕石と小惑星べスタとの類似性を指摘したのがマッコードという人で、1970年にその論文が出ており、惑星科学の夜明けである1969年にはもう取り組んでいたに違いない。
 

4 - 3. 小惑星の鉱物組成と隕石との対応

前節で触れたように、小惑星からの太陽の反射光を波長分解して反射率に変換してプロットする(反射スペクトル)と、その形から、小惑星の表面にある鉱物の種類や化学組成などがわかる。例えば、前述の小惑星ベスタ・デンボウスカ・E 型小惑星は、波長 1 ミクロン付近と 2 ミクロン付近に美しいガウス関数形をした吸収帯が一つずつあるが、それらは輝石という鉱物中の 2 価の鉄イオンによるものであることがわかり、その詳しい波長位置から輝石中の鉄・マグネシウム・カルシウムの含有量比の範囲を推定できる。これらに対応する隕石としては,ベスタから来たと思われるハワルダイト・ユークライト・ダイオジェナイトという隕石があり,私の指導教官であられた武田弘先生がそれらの頭文字を取って HED 隕石と名づけられ,現在ではその名が標準的に使われている。ベスタは小惑星の中では最も月に近い熱史を持ったもので、鉱物が高度に分化したためにそのように輝石と斜長石が表層にできて,その下にはカンラン石と金属鉄があると考えられている。

一方、エレオノラやエテルニタスなどのいくつかの小惑星は 1 ミクロン付近に三つの吸収帯が重なったような反射スペクトルを示し、これはカンラン石という鉱物の特徴である。これらは、上述のように小惑星が熱的に分化してカンラン石が豊富な部分が内部にできたものと考えられている。それに対応する隕石はパラサイトという鉄含有量の少ないカンラン石と金属鉄でできた石鉄隕石や、ブラチナイトという鉄含有量の多いカンラン石でできた隕石が知られている。

そして、これら輝石とカンラン石がいろいろな割合で混ざったような反射スペクトルを示すのが S 型と呼ばれている小惑星の群れで、小惑星帯(アステロイドベルト)の地球に近い部分では最も豊富な小惑星である。S 型という名は、輝石やカンラン石に代表される珪酸塩(Silicates)か石質(Stony)から来たものである。これに対応する隕石は、後述するように、未だはっきりとわかっていないが、その副分類である S(IV) 型の輝石・カンラン石比は普通コンドライトに近いものがあるということがギャフィーという人の研究によってわかっている。

小惑星帯の地球から遠い側には、C 型と呼ばれる小惑星が豊富であり、それが暗くて平らな反射スペクトルを示すので、炭素質コンドライトのような炭素を含むものと考えてきた。実際は、私が1993年に示したように、C 型およびその副分類の B,G,F 型は炭素質コンドライトが加熱変成された物により近く,3.2 節で述べたように日本の南極探検隊が持ち帰った隕石にそのようなものが多く発見された。
 

4 - 4. 普通コンドライトと S 型小惑星の謎

普通コンドライトは隕石中の 90 % 以上を占めるもので、鉄元素の含有量が高い順に H,L,LL の三つに分類されている。そして各々が熱変性度に応じて 3~6 の指数を持ち,H5 とか L3 のように組み合せて分類する。それらは様々な量比で輝石・カンラン石を含み、上述のように S(IV) 型の小惑星がそれに近い輝石・カンラン石比を示す。ところが、それだけでは普通コンドライトが S(IV) 型小惑星から来たとは言えない事情がある。

S 型小惑星の反射スペクトルをそれに近い鉱物組成を持つと思われる隕石の反射スペクトルとよく比べてみると、両者には大きな違いがあることがわかる。まず、S 型小惑星の吸収帯は対応する隕石の吸収帯よりも浅いことである。これは隕石を細かい粉にすることで吸収帯を浅くしてもまだ足りないものである。もう一つの違いは、S 型小惑星の 1 ミクロン吸収帯の傾きが対応する隕石よりも大きいことである。一般に、1 ミクロンの吸収帯の両端で接線を引くと右上がり(波長が長くなると大きくなる)になるが、その傾きが S 型小惑星の方が対応する隕石よりもずっと大きいのである。そのように S 型小惑星の反射スペクトルが右上がりになることを赤化していると呼ぶが、S 型小惑星の 2 ミクロン吸収帯ではそのような赤化は起こっていない。

それゆえ、S(IV) 型小惑星が普通コンドライトに似た輝石・カンラン石の比を示していても、上述した吸収帯の浅化とスペクトルの赤化傾向があるために、S(IV) 型小惑星が普通コンドライトでできているとは結論できないのである。普通コンドライトには輝石・カンラン石のほかに斜長石や金属鉄も含まれている。金属鉄の量を人為的にふやしてやると確かに1ミクロン吸収帯が浅くなり赤化するが、同時に 2 ミクロンバンドも赤化してしまい、また可視光領域の反射スペクトルの形が会わなくなり、S(IV) 型とは似つかないものになってしまう。

以上の問題を解決するには大まかに言って二つの方法がある。第一は、普通コンドライトは S(IV) 型小惑星から来ていないと考えることである。そうすると、小惑星帯に豊富に存在する S 型小惑星が隕石中の 90 % をも占める普通コンドライトとは関係ないということになり、隕石は小惑星帯を均一にサンプルしているわけでなく、ちょうど良い軌道上にある限られた小惑星から来ているに過ぎないか、普通コンドライトは地球からは観測にかからないような 1 km 以下の小さな小惑星から来ているということになる。確かに、1 m 程度の大きさの隕石と 10~1,000 km の観測にかかる小惑星が異なる鉱物組成を持っていてもおかしくはない。しかしながら、4.1 節で述べたように、隕石を常に地球に供給するためにはそれらを大きな小惑星から衝突によって補給する必要があり、またタイプ 6 とかの熱変性度の高い普通コンドライトはそのような高温に熱せられるためには大きな小惑星の内部にあったと考えるのが最も自然である。

第二の解決案としては、小惑星の表面が宇宙風化作用によって、その内部や隕石から変化してしまっていて、それゆえに反射スペクトルが赤化し、浅い吸収帯を示していると考えることである。その宇宙風化作用というのは月の表土(レゴリス)に関しては知られていて、微小隕石の衝突・気化によってレゴリス内部が加熱されて還元され、鉱物粒子内に微小な金属鉄が生成されることか、粒子の表面が気化したガスのコーティングや放射線の影響で変化したことによって起こると考えられている。ところが、月表土の宇宙風化作用は S 型小惑星のものとは少々異なる。ただそれは、月表土の反射スペクトルは 2 ミクロン吸収帯も赤化しているが、S 型小惑星ではそれが起こっていないことである。そのことは、月表面と S 型小惑星表面との鉱物組成の違いや微小隕石の衝突エネルギーと頻度の違いで説明できるかもしれない。実際、ビンゼルという天文学者が地球軌道に近い小惑星の反射スペクトルを多く測り、普通コンドライトに似たものから S 型小惑星に似たものまで様々に存在することを示した。

問題は、宇宙風化作用を実験的に再現する試みがうまく言っていなかったことである。しばらく前に、ロシアのモロズという人がレーザーを隕石に照射することによって宇宙風化作用をシミュレートする試みをしたが、普通コンドライトを S 型小惑星に似たものにすることには成功していない。最近、東大地質学教室の大学院生だった山田さんと佐々木助教授らのグループがその方法を改良し、カンラン石に富む S 型小惑星の反射スペクトルに近いものを実験的に作ることに初めて成功した。それと同時に、輝石はカンラン石ほど変化しないことが示され、それによって、私が調べ S 型小惑星の赤化傾向と輝石・カンラン石比との相関関係を説明できることがわかった。このような実験的研究によって宇宙風化作用が小惑星の表面鉱物組成や微小隕石の衝突エネルギーなどに依存して異なった効果を示すことがわかってくると期待される。それが月と S 型小惑星の反射スペクトルの宇宙風化作用を異なるものにしているに違いない。

以上の二つの考えは、最終的には S 型小惑星から試料を取ってくることによって解決されるかもしれないが,残念ながら今のところそのような探査衛星によるミッションは予定されていない。
 

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CATEGORY: 次世代太陽系探査

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