NIRS3 と C 型小惑星の水
火の鳥「はやぶさ」未来編 その 07

北里宏平(会津大学先端情報科学研究センター),はやぶさ2 NIRS3 チーム

※ この遊星人記事は、日本惑星科学会遊星人編集専門委員会より許可を得て掲載しております。
 

要旨

はやぶさ2に搭載する近赤外分光計(NIRS3)は,水酸基や水分子の赤外吸収が見られる 3 μm 帯の反射スペクトルを測るリモートセンシング機器である.我々は NIRS3 を使って,近地球 C 型小惑星 1999 JU3 の近接観測を行い,その表面の含水鉱物分布の特徴を明らかにする.近年,C 型小惑星の内部に氷の存在を示唆する観測結果が報告されており,地球の海洋形成における C 型小惑星の寄与が従来の想定よりも大きくなる可能性が出てきた.内部氷の存在を検証するには水質変成が起きたときの水の挙動を理解することが必要であり,NIRS3 では衝突装置が作り出す人工クレーターの観測から加熱脱水や宇宙風化による二次的な変成の影響を識別し,母天体上で起きた水質変成の情報を抽出することをめざす.
 

1. C 型小惑星の水

はやぶさ2が探査対象とする C 型小惑星のイメージが変わりつつある.きっかけは(7968)エルスト・ピサロなどのメインベルトで彗星活動する C 型小惑星の発見であろう[1].力学的に太陽系外縁部起源の彗星がメインベルトに捕獲される可能性は低いため,もとからある小惑星が衝突作用によって活動を誘発されたと考えられている.また同じくメインベルトにある C 型小惑星の(24)テミスで,その表面全体が霜のような氷成分で覆われていることが明らかにされた[2].表面温度を考えると氷は昇華によって短期間で消失してしまうため,水が地下から供給されるような仕組みが必要と見られている.面白いことにテミスは衝突破壊によってつくられる小惑星族の親(最大天体)で,エルスト・ピサロはそのテミス族の子という関係もある.さらに,広義の C 型に分類される準惑星ケレスで,表面の一部から水蒸気が噴出していることも明らかになった[3].

そもそも従来においては,C 型小惑星は表面の反射スペクトル特性から,炭素質コンドライトに似た物質で構成されているというのが大方のイメージであった.一方,理論的には,氷と岩石からなる微惑星が放射性元素の壊変熱によって水質変成を引き起こし,融解した水の一部が天体の地下表層に氷として保存されるという予測もある[4].もしかしたら上記の観測事実は,その氷がその後の衝突作用に伴う昇華を免れて現在まで生き残ったことを示唆しているのかもしれない.そうすると,C 型小惑星は内部に氷を含み,従来の想定よりも高い含水率を持つということになる.

前置きが長くなったが,C 型小惑星で水質変成が起きたときに,水がどのような振る舞いをしたのかを探ることが, はやぶさ2に搭載する近赤外分光計(NIRS3)の主目的である.NIRS3 ではなぜこの点に着目するのかについて次節で述べたい.
 

2. 水質変成後の水の行く末

C 型小惑星の大半は,含水鉱物のかたちで水分を保有していることが近赤外の分光観測から知られており,一定量の水を含む小天体のなかでは地球に最も近い領域に位置する.それ故,C 型小惑星は地球に海をもたらした要因のひとつとして考えられている.地球の海水の起源については,太陽系の形成過程と密接に関係する重要な問題であり,C 型小惑星の他にも彗星や円盤ガスを主要な供給源と考える説がある[5].ただし,地球の海水の水素同位体比を説明するという観点では,炭素質コンドライトのそれとよく一致することから,C 型小惑星起源説が最も都合がよい.また地球のマントル物質や月面のクレーターの研究から,地球の形成後数億年間にわたって大量の小惑星が地球に衝突した痕跡が見つかっている.その衝突イベントによって,C 型小惑星に含まれる水が地球に供給され,海ができたと考えると話がシンプルである.しかしながら,このシナリオには海水の量を説明できないという問題がある[6].

地球の海洋質量は 1.4 x 1021 kg である.それに対して,地球の形成後に付加した物質の総量は,地球の上部マントルに含まれる強親鉄性元素の量から,1022 kg と見積もられている.そうすると,衝突した小惑星は少なくとも 14 wt % のバルク含水率を持っていなくてはならない.しかし,炭素質コンドライトの含水率は多くても 10 wt % 程度である.また,付加物質の情報を示す上部マントルの Os 同位体比が,炭素質コンドライトよりも普通コンドライトに近いことから,衝突した小惑星の割合は C 型よりも S 型の方が多いと推測されている.結果,水が不足するという問題に陥る.ここで前節の話につながる訳だが,C 型小惑星が炭素質コンドライトよりも高い含水率を持っているとなれば,この水の量の問題を解決できる可能性がある.すなわち,地球の海水の起源を解く鍵は,水質変成で融解した水がその後小惑星の内部にどの程度保存されたのかを明らかにすることである.C 型小惑星の内部に今でも氷が存在するのか.そのことを直接確認するのは探査機を使ったとしても容易ではない.そこで NIRS3 では,水質変成後の水の行く末を示す間接的な証拠を得ることを目標にしている.

炭素質コンドライトの酸素同位体比から,水質変成時の母天体の水/ 岩石比は 0.3 から 1.2 の間と推定されている[7].このことは,母天体がもともと炭素質コンドライトよりも豊富な水分を有し,水質変成の際に岩石との反応で余剰水が発生したことを意味する.その水が仮に天体の内部を移動できたとすると,水と岩石の元素交換によって組成の偏りが生じ,最終的に水は外部に抜けることになる.逆に移動できなかったとすると,組成は均質で,水はそのまま氷として内部に留まると予想される.つまり,内部物質の組成の多様性の有無から,小惑星内部の水の挙動と氷の存在を推定できると考えられる.

対象小惑星の 1999 JU3 は,まさにそのことを調べるのにうってつけの天体で,その表面には水質変成を経験した母天体の内部物質が転がっていると期待される.なぜなら,地上観測から表面の一部に含水鉱物の存在が示唆されているからである[8].1999 JU3 の現在のサイズでは内部加熱によって氷が融解する温度まで達しないため,元々は水質変成を起こすくらいのサイズの天体が衝突破壊され,その破片が集積して 1999 JU3 ができたと考えられる.さらに,1999 JU3 の表面は微小重力下なのでレゴリスよりもボルダーが支配的と予想され,母天体の破片ごとの組成を調べることができるだろう.
 

組成の違いの見分け方だが,炭素質コンドライト的な物質の場合は,水酸基や水分子の赤外吸収を含む 3 μm 帯の反射スペクトルを見るのが有効である.図 1 のように,含水鉱物のサポナイトを含む CI コンドライトでは,2.9 - 3.0 μm を中心とする底の丸い吸収が見られ,サーペンティン(蛇紋石グループ)を主体とする CM コンドライトでは,2.7 - 2.8 μm にピークを持つ角張った吸収が見られる.そのため,吸収の形状を見ることによって CI と CM のどちらの物質に近いかを判別することができる.また CR や CV のような熱変成度の異なる物質の違いも吸収の深さから区別することが可能である.
 

Image Caption :
図 1. 炭素質コンドライトの反射スペクトル.RELAB で測定されたデータ[9]をもとに NIRS3 の小惑星観測条件にあわせて再現したもの.2.9 μm より長波長域に見られる細かい特徴は吸収ではなくノイズ.
Image : 遊星人
 

上で述べたような母天体内部の水の移動は,岩塊の間隙や亀裂を沿うはずなので,それに関する情報を cm サイズの隕石から得るのはおそらく難しいだろう.ましてや小惑星を点光源として見る地上観測ではなおさらである.まさにこの情報を得られるのは,C 型小惑星を km から μm までのマルチスケールで観察できるはやぶさ2でしかない.そのなかで,小惑星表面の含水鉱物分布を m スケールで調べることのできる NIRS3 の役割は大きいといえる.
 

3. 小惑星表面の二次的変成

現在の姿をした 1999 JU3 がいつ誕生したかは現時点でわからないが,宇宙空間に曝されてきた表面は少なからず太陽放射や隕石衝突による変成を受けていると予想される.数値計算により 1999 JU3 の過去の軌道と表面温度の履歴を推測した結果からは,現在よりも内側の軌道にある期間に,表面温度が 600 K 程度まで達した可能性が約50 %あると見積もられている[10].おおよそそのくらいの温度で含水鉱物の脱水分解が起こり始めるため,そのような加熱を受けた場合は初期の組成情報が失われていることになる.また熱的な変成を受けなかったとしても,宇宙風化によって同様の問題が生じる.宇宙風化は,天体表面が太陽風や微小隕石に叩かれて微小還元鉄粒子や非晶質の層をつくり,見かけの光学特性が変化する事象を指すが,C 型小惑星の表面ではそれが実際どのような変化をもたらすのかよくわかっていない.しかし幸いなことに,太陽放射による熱の浸透深さは数 cm 程度であり,宇宙風化もごく表層にしか作用しない.そのため,表面から数 cm 深い場所にある物質はこれらの影響をほとんど受けていないと予想され,比較的最近になって表面に現れた物質を観測すれば,変成していない母天体破片の情報を得ることができるだろう.

1999 JU3 は近地球型小惑星なので,過去に地球や火星に近接遭遇した可能性があり,その際に受けた潮汐力による振動で地滑りが生じたとしてもおかしくない.現にイトカワでは,表面の一部が剥がれて新鮮な地下物質が露出したような場所が見られる.また,はやぶさ2には小型の衝突装置(SCI)が搭載され,人工的にクレーターをつくる実験も行なわれる.その人工クレーターが表面流動や物質撹拌の形跡のない場所につくられれば,二次的な変成を受けていない物質を観測することができる.NIRS3 の観測ではそれらの暴露される地下物質を確実に捉え,加熱脱水や宇宙風化による反射スペクトルの変化の傾向を掴むことが重要である.
 

4. NIRS3 の仕様と性能

機器の概要について紹介したい.NIRS3 の設計は,はやぶさ初号機に搭載した NIRS をベースにしている.NIRS は観測波長域が 0.7 - 2.2 μm のポイントスペクトロメータで,イトカワのほぼ全球を m スケールの空間分解能でマッピングすることに成功した[11].NIRS からの大きな変更点は,3 μm 帯を観測するのに波長域を 1.8 - 3.2 μm にシフトさせたことである.ちなみに,NIRS3 の名前の由来は「NIRS の 3 号機」と「3 μm 帯を観測する」という二重の意味からきている(NIRS2 はコンセプトのみで実現しなかった).
 

表 1:NIRS3 の主な仕様.

項目
観測波長範囲 1.8-3.2 μm
波長分解能 20 nm
視野全角 0.1 deg.
空間分解能 35 m(高度 20 km). 2 m(高度 1 km)
空間分解能 - 85℃~ - 70℃
S/N比 50 以上(波長 2.6 μm)

 

NIRS3 の検出器には新たに InAs のフォトダイオードセンサを採用した.長波長化に伴い検出器の暗電流と内部熱放射の影響が増大するため,それらを抑えるのに検出器と光学系を - 80 ℃ まで冷却することが必要になった.そのため,検出器と光学系を含むセンサ部(NIRS3 - S)を探査機構体から断熱保持するとともに,放射冷却のためのラジエータを新たに装備した.光学系は Si と Ge のレンズ群と回折格子で構成し,小惑星表面の組成を見分けるのに必要な波長分解能と,人工クレーターの観測に必要な空間分解能を満たすように設計された.またセンサ部からの出力は,常温のアナログ回路部(NIRS3 - AE)とデジタル回路部(DE)による信号処理を経て,データレコーダ(DR)に記録されるようになった.
 

2013年07月に NIRS3 のフライトモデル(図 2)が完成し,それから 2 週間ほどかけて最終的な性能確認と校正の試験を行った.実を言うと,NIRS3 の試験では開発初期から不具合の発生が続き,一時はかなり深刻な状況まで追い込まれるということもあったのだが,その最後の試験では,光学系,検出器,電気系のどれも設計とほぼ同等かそれよりも良好な結果が得られた.その試験の結果から,我々は実際に小惑星を観測する条件で,上記のサイエンス目標を実現するのに必要な S/N 比が得られることを確認した.
 

Image Caption :
図 2. NIRS3 フライトモデルの外観写真.
Image : 遊星人
 

5. 最先端の機器ではないが

海外の惑星探査機に詳しい読者のなかには,NIRS3 の仕様を見て物足りなさを感じる人がいるかもしれない.確かに欧米の機器は波長範囲囲やイメージング機能などの点で優れているので,それらと比べて見劣りするのは残念ながら否定できない.しかし,我々はおよそ 3 年という短期間で NIRS3 を完成させることができた.NIRS が下地にあったとは言え,新規要素も少なくはなく,メーカーも NIRS のときとは異なるという条件のなかでの達成だ.また行ってみるまで何があるかわからない惑星探査では,観測機器の仕様を明確な根拠を持って定量的に決めることが難しく,高性能または最先端の機器を搭載するという考え方が稀ではない.しかし,優れた観測機器を開発するにはその分,時間もコストもかかる.その点 NIRS3 は,サイエンス,開発期間,コストのバランスがとれた優秀な機器といえるのではないだろうか.上記のサイエンスを行なう上では NIRS3 の仕様は丁度よい.著者(北里)は NIRS3 がそのような機器に仕上がったことを誇らしく感じている.これまで尽力いただいてきたメーカーならびにプロジェクトの関係各位に改めて謝意を表したい.

打上げまであと少し.地上でやれることは全てやり尽くした.
 

参考文献

[1] Hsieh, H. H. and Jewitt, D., 2006, Science 312, 561.
[2] Campins, H. et al., 2010, Nature 464, 1320.
[3] Kuppers, M. et al., 2014, Nature 505, 525.
[4] Grimm, R. E. and McSween, H. Y., 1989, Icarus 82, 244.
[5] 生駒大洋, 玄田英典, 2007, 地学雑誌 116, 196.
[6] Drake, M. J. and Righter, K., 2002, Nature 416, 39.
[7] Brearley, A. J., 2006, Meteorites and the Early Solar System II, 587.
[8] Vilas, F., 2008, Astrophys. J. 135, 1101.
[9] Hiroi, T. et al., 1996, Meteorit. Planet. Sci. 31, 321.
[10] Michel, P. and Delbo, M., 2010, Icarus 209, 520.
[11] Abe, M. et al., 2006, Science 312, 1334.



Akira IMOTO

Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan

Web edited : A. IMOTO TPSJ Editorial Office