カッシーニ探査機 : 長期ミッションを可能にしたタイタンの存在

NASA カッシーニ探査機は、4月22日の最初のリング内側へのダイビングから17周回目を終えた。カッシーニ探査機にとって土星の最大の衛星であるタイタンは、現在探査機の軌道を微調整出来る距離にあり、探査機を土星への接近または遠ざける役割を担える。リング外周でのグレイジング軌道から内側に軌道を変えたのもタイタンの重力によるものだ。
 

2017年03月21日に、タイタンから約 613,000 マイル(986,000 キロメートル)の距離から狭角カメラで撮られた二つの画像。画像の縮尺は 1 ピクセルあたり約 4 マイル(6 キロメートル)。左は赤、緑、青のスペクトルフィルタを使用して撮影したものを結合して自然色のビューを作成した。右は938nm波長付近の赤外画像を偽色したもの。北半球の緯度を横切って大きくて明るく羽ばたく夏の雲が見られる。
Image Credit : NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute
 

タイタンの重力は、最後の土星突入直前の9月11日に探査機の軌道を少し土星方向に曲げる。この遭遇によってカッシーニ探査機は土星に突入し、通信が途絶えるまで地球に貴重なデータを送り続けることになる。
ただし、このタイタンの重力による軌道調整は、今回に限ったものではない。ミッション設計の段階からタイタンの重力による軌道調整は見込まれていたのだ。
 

航行動力としてのタイタン

タイタンの夜側から捉えた、厚くぼんやりとした大気を強調している。青く見える外側の層は、粒度の小さなものと推測される。2017年05月29日にタイタンから約 120 万マイル(200 万キロメートル)の距離から狭角カメラで撮られた。 画像の縮尺は 1 ピクセルあたり 5 マイル(9 キロメートル)。
Image Credit : NASA/JPL-Caltech
 

ミッションの初期段階から、未知の惑星規模の大きな衛星タイタンを探査し、土星系のアドベンチャーを継続するために、タイタンの重力を利用したフライバイの検討が行われてきた。さらに、1980年にボイジャー探査機一号機がタイタンをフライバイしたが、その表面を覆う高密度の金色の煙霧状大気を探ることができなかったため、科学者たちはタイタンでの深探査を熱望していた。

タイタンは惑星である水星よりも少し大きめの衛星だ。その大きさからして、この衛星は重要な重力を持っていることになる。これは土星周回のためのカッシーニ探査機の軌道調整に極めて有効だ。
タイタンフライバイを一度行うことで、探査機の減速に必要な90分程度のエンジン稼働相当を稼ぎ、2004年の土星圏到着時、土星の重力によって捕捉された以上に速度調整をより多く見込めるのだ。

ミッションの航行設計者の弁。
数年前に探査機のコースをプロットすることを任されたエンジニアたちは、タイタンを要(linchpin)としてデザインした。すると、タイタンの通過の度にロケット推進剤の莫大な量に相当する推力が得られた。タイタンによって、カッシーニの軌道は土星から遠く離れる軌道を得られたと言えるかもしれない。
例えば、遠く離れた衛星イアペトゥスに向かって探査機を送った例がある。イアペトゥスに近づくために、タイタンフライバイを幾度も繰り返しこれを達成した。探査機をリング面から垂直方向に上げて、土星や衛星の南北の高緯度から観測することも可能となったのだ。
 

私たちが学んだこと

土星での13年間に及ぶミッションの中でカッシーニ探査機は、土星周回における様々な観測を実施するために、タイタンフライバイを127回敢行した。カッシーニはまた、2005年01月にヨーロッパ宇宙機関(ESA)のホイヘンス探査機をタイタン大気に投入し、着陸させた。

カッシーニによるタイタン観測によって、研究者が理論付けしたようにタイタンの表面に液体炭化水素が広範に存在することが明示された。驚くべきことに、タイタンの湖と海は極に限定されていることも判明している。ほとんどの液体は現在においては北半球にある。
全体として、タイタン表面の大部分には湖がなく、地球上のナミビア砂漠のように赤道近くに直線状の砂丘が広がっている。巨大な炭化水素の雲がタイタンの極点で漂い、タイタン表面の極地方にメタンの雨を落とす。タイタンの氷下は水の海の兆候も見られた。

ミッションの初期段階では、カッシーニによるタイタンの撮像写真は不明瞭だったが、エンカウントを繰り返し自然な基調を構築していった。カッシーニによるレーダー観測は、搭載する大きな円形のアンテナを使ってタイタン表面からの反射を受信し、タイタン表面の約 67 % を撮影した。カッシーニのイメージングカメラ、赤外分光計、レーダーによる観測結果の詳細を体系的に積み重ね、より完全で高解像度のタイタン画像を構築していった。

NASA JPL のカッシーニレーダーチームの deputy lead である Steve Wall は、「カッシーニによるタイタン調査が完了し、タイタン全体がどのようなものであるかを理解するための詳細は十分揃った」と語った。

科学者たちは、タイタン表面の特徴(山、砂丘、海など)の分布とその大気の経時的挙動を理解するのに十分なデータを持っており、表面に広がる液体がどのようにして極を移動するのかをつなぎ合わせることができたとしている。

解明出来ていないものとしては、太陽光によって分解されているメタンがタイタン大気中に恒常的に存在することがある。どのように補給されているかが確定していない。科学者たちは、メタンを含んだ水を火山活動の証拠としての「溶岩」と見ているが、決定的な検出は依然として出来ていない。

カッシーニの長期に亘る観測は、さらなる手がかりを提供する可能性がある。研究者たちは、ミッションモデルが予測したように、北極に夏の雨雲が現れるのを観察してきた。2004年の夏に南極で雨雲を観測したのだ。しかし、今の時点では北半球の高緯度での雲はまばらだ。

ジョンソン・ホプキンス応用物理研究所のカッシーニイメージングチームの Elizabeth Turtle は、「タイタンの気象は、ほとんどのモデルが想定したものより多くの慣性を持っているようね」と語る。
「北部の夏に不穏に現れる雲は、タイタン全球的なメタン貯留を予測するモデルと今後よりよく一致する可能性もあるわ」と Turtle は述べている。
「表面には全球的な貯水湖はないので、地下に存在することが予測できる。カッシーニのタイタン大気の長期的なモニタリングにより、考案するモデルやアイデアのテストに使えるデータが取得できる。その価値は重要なものよ」と彼女は述べた。
 

最後のフライバイがもたらしたこと

カッシーニは04月22日にタイタンでの最後のクローズド・フライバイを実施した。このフライバイは、探査機を土星のリング外周軌道からリングと惑星の間を通るグランドフィナーレへの軌道へとプッシュした。
 

2017年04月22日に実施した最後のタイタンフライバイ観測で撮られた画像。上下幅およそ300㎞のこの画像では、粗い部分は明るく見え、暗く見えるのは表面が滑らかである。左の画像は、2004年にカッシーニが初めてのレーダ観測で撮影したものと同地域の明るい丘陵地帯と暗い平原である。13年間に亘る観測では、この地域の地形変化の明白な証拠は見られない。
右の画像は、炭化水素で出来た海にある不思議な「魔法の島」(PIA20021)付近を改めて撮像したもの。今回のフライバイ観測で得た画像データからは「島」としての状態とは言えるものではない。科学者たちは、波と泡の状態から出現・消滅を繰り返す現象の過渡的な活動が何なのかを引き続き研究する。
Image credit: NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute
大きな詳細画像は ” こちら(PIA21626) ” で見れる。
 

これらフライバイの間、カッシーニの観測レーダーは主役である(ドライバーズシートに座る)。飛行高度の目標は大気最上層から 608 マイル(979 キロメートル)であり、どこまで目標に迫れたかをレーダーが見極める。観測ミッション項目の一つは、これまで数年に亘った観測の中で現れては消滅を繰り返してきた「魔法の島」とチームが名付けた神秘的な現象の原理を理解することがある。
 

最終フライバイで、上述の帯状の画像を撮影する際、北極域に点在する湖の深さを初めて(そして最後の)測定するために、レーダーを高度測定モードに切り替えた。測定のために、宇宙船はアンテナを地面に真っ直ぐ向け、湖の表面と底からの反響の時間差を測定した。
グラフは画像上部分の八つの小さな湖で測定された深度のグラフを示している。これは、以前のタイタンフライバイで撮影された同じエリアのレーダー画像と一致する。これらのデータはまだ予備的なものだが、八つの湖はすべて同じ深さ(約100メートル=約328フィート)であると考えられる。科学者は、湖が地下水系や帯水層に類似した地下システムによって結ばれているかどうかはまだ分かっていないが、調査中でありその可能性はあるとしている。
Image credit: NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute
 

レーダーチームにとって最も興味深いのは、タイタンの北極地帯に点在する出現と消滅を繰り返す複数の小さな湖の一連の観測だ。今後研究者らは、メタンとエタンが関わると思われる湖の組成に関する情報を引き出そうとしている。レーダーは湖の深さを計測する。

グランドフィナーレに向かうカッシーニ探査機による最終となるタイタンの眺望は、2004年に初めてのフライバイで観測した地形を含む表面を、長い帯状の撮像として遺した。
「私たちのタイタンへの理解が深まり、当初タイタンについて求めた疑問が現在持つ疑問と違うという進化に至ったのが今の私たちだ」と、Steve Wall は語る。
 



Akira IMOTO

Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan

Japanese Translation : A. IMOTO TPSJ Editorial Office