カッシーニ・ホイヘンス・ミッション:土星衛星エンケラドスから噴き出すプリュームに高濃度のメタン「生命存在への期待」
UA Recent News (Ja) : July 12, 2021. Published


Fast Facts :
カッシーニ探査機による、エンケラドスのプリューム突入フライバイで計測された大量のメタンは予想外であった。地球にあるような微生物による生物学的メタン生成をプロセスに加えると、カッシーニによる観測結果に一致するのに十分なメタンが生成される可能性がある実験結果が出た。エンケラドスでの生命存在について、様々な仮説の検証が重要。
 

このアーティストコンセプトは、カッシーニが捉えたエンケラドスからのプリューム噴出現象の中を探査機がフライバイする様子を示した合成画像。
Image credit: NASA/JPL-Caltech
 

カッシーニ探査機が捉えた、土星衛星エンケラドス南極での氷殻の下にある海洋からのプリューム噴出について、アリゾナ大学とパリ科学&レットレス大学の科学者による論文がネイチャーアストロノミーへ投稿された。

エンケラドスから噴出する巨大なプリューム噴出は、カッシーニによる発見から長い間科学者や一般の人々を魅了してきた。これは、衛星の岩石質コアと氷殻の間に貯えられていると考えられている広大な氷下海洋についての探求心を刺激するものだ。カッシーニ探査機は、噴出されたプリュームのカーテン内をフライバイし、化学組成のサンプリング、地球の海底にある熱水噴出孔に関連する特定の分子、特に二水素(dihydrogen)、メタン、二酸化炭素を比較的高濃度で検出した。プリュームで見つかったメタンの量は特に予想外であった。

「私たちは知りたかった。二水素を”食べて”メタンを生成する地球にある微生物によって、カッシーニによって検出された驚くほど大量のメタンを説明できるのだろうか?」アリゾナ大学生態学および進化生物学部の准教授であり、この研究の筆頭著者である Regis Ferriere(レジ・フェリエール)は述べている。
「エンケラドスの海底でメタン生成菌であろう微生物を探すには、長い期間を掛けて行う挑戦的な深海ミッションが必要になるだろう」

フェリエールと彼のチームは解明のために、より簡単なルートを取った。彼らは、生物学的メタン生成を含むさまざまなプロセスによってカッシーニデータを説明できる可能性を計算するための数学モデルを構築した。

著者らは、地球化学と微生物生態学を組み合わせた新しい数学モデルを適用してカッシーニが取得したプリュームデータを分析し、観測結果を最もよく説明できる可能性のあるプロセスをモデル化した。彼らは、”カッシーニのデータは、微生物の熱水噴出孔の活動、または生命体を含まないが地球上で発生することが知られているプロセスとは異なるプロセスのいずれかと一致している”と結論付けている。

地球上では海底熱水噴出孔のかたちで、マグマに温められて発生する高温流体としての熱水活動が発生する。地球上では、メタンは熱水活動によって生成されるが、速度は遅い。ほとんどの生成は、熱水で発生した二水素の化学的不均衡をエネルギー源として利用し、メタン生成と呼ばれるプロセスで二酸化炭素からメタンを作る微生物によるものだ。
 

このアーティストによるレンダリングは、カッシーニミッションの観測に基づいた、エンケラドスの氷下海洋の海底上および海底下で発生する可能性のある熱水活動を描いた断面図だ。
Image credit: NASA/JPL-Caltech
 

チームは、天体内部で起こっているいくつかの化学的および物理的プロセスの最終結果として、エンケラドスのプリューム組成を調べた。はじめに研究者たちは、カッシーニによって観測が容易であった二水素の熱水生成と、この生成が地球のような水素栄養性メタン生成菌の集団を維持するために十分な「食物」を提供できるかどうかを評価した。それを行うために、彼らは仮想の水素栄養性メタン生成菌の個体群動態のモデルを開発した。その適材として、地球での既知の菌株をモデルにしている。

次に著者らはモデルを実行し、熱水流体中の二水素濃度や温度などの特定の化学的条件のセットが、これらの微生物が成長するのに適した環境を提供するかどうかを探ってみた。彼らはまた、仮想の微生物集団がその環境にどのような影響を与えるか、たとえば、プリューム内の二水素とメタンの逃避率にどのような影響を与えるかについても調べた。

「要約すると、カッシーニの観測データが生命に生息する環境と言えるかどうかを評価できるだけでなく、メタン生成が実際にエンケラドスの海底で発生した場合に予想される測定について、定量的な予測を行うこともできた」とフェリエールは説明した。

結果は、既知の熱水化学に基づく非生物的メタン生成、または生物学的支援なしのメタン生成の可能な限り高い推定値でさえ、プリュームで測定されたメタン濃度を説明するには十分ではないことを示唆している。生物学的メタン生成をプロセスに加えると、カッシーニによる観測結果に一致するのに十分なメタンが生成される可能性がある。

「我々はエンケラドスの海に生命が存在すると結論付けているわけではない」とフェリエールは言う。
「それよりも、エンケラドスの熱水噴出孔に地球のような微生物が棲息する可能性がどれほどあるかを理解したかったのだ。我々のモデルからは、カッシーニデータは答えを与えてくれる可能性が高い」
「推論として、エンケラドスの熱水活動における生物学的メタン生成はカッシーニデータと互換性があるように思える。言い換えれば、「生命存在仮説」をほとんど無いものとして破棄することはできないということだ。生命存在仮説を拒否するには、将来のミッションからのより多くのデータが必要となる」と彼は付け加えた。

著者らは、今回の論文がカッシーニミッションによって行われた観測をよりよく理解することを目的とした研究のガイダンスを提供し、そのデータを説明するのに十分なメタンを生成する可能性のある非生物的プロセスを解明する研究を奨励することを望んでいる。

例として、メタンは、エンケラドスのコアに存在する可能性があり、水熱プロセスによって部分的に二水素、メタン、二酸化炭素に変わる可能性のある原始有機物の化学的分解から生じる可能性を残している。この仮説は、エンケラドス内部形成が彗星によって供給された有機物に富む物質の降着によるものであることが判明した場合、非生物的プロセスを指示する非常にもっともらしい説とも言えるとフェリエールは説明した。

「様々な仮説があるのはもちろんだが、まずはそれぞれの仮説がどれほど可能性が高いかに要約される」とフェリエールは語った。
「たとえば、エンケラドスでの生命生存の可能性が非常に低いと見なした場合、そのような代替の非生物的メカニズムが構築されている可能性は上る。我々が知る地球上でのプロセスと比較して非常に異質であるとしてもだ」

著者によると、この論文の非常に有望な進歩はその方法論にある。それは、氷の衛星の海洋などの特定のシステムに限定されず、太陽系外の惑星からの化学データを処理する道を開くからだ。これは今後数十年で利用可能となるだろう。
 

By Daniel Stolte, University Communications
 



Akira IMOTO

Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan

Japanese Translation : A. IMOTO TPSJ Editorial Office