カッシーニ探査機 : 土星衛星エンセラダスの岩石成分は隕石似!? - 地球と異なる独自の熱水環境が存在 -


この記事のポイント

地下海と熱水活動を有する土星衛星エンセラダス(注1)の岩石が、地球の岩石の主成分であるマントルのような組成ではなく、隕石に近いことを実験から明らかにした。

本研究の結果は、エンセラダスの岩石成分が過去に一度も溶融していないことを示し、原始的な微生物の食料である水素を豊富に発生する独自の熱水環境が存在することを示唆する。

本研究は、エンセラダスに存在するかもしれない生命の生息環境や食料となりうるガス種、さらには形成初期の温度条件を初めて具体的に制約するものである。


概要

土星の衛星エンセラダスは、内部に地下海や熱水環境が現存する天体として注目を集めている。しかし、その熱水環境の具体的な姿は明らかではなかった。

東京大学大学院理学系研究科の関根康人准教授らの研究グループは、エンセラダス海水中に含まれるナノシリカ粒子(注2)が熱水活動で生成するためには、岩石成分が地球のマントルのような組成ではなく、隕石に近い必要があることを室内実験によって示した。地球のマントルやコアは、組成的に隕石に近い微惑星(注3)が集積し、原始地球がマグマ状態を経ることで形成される。

エンセラダスの岩石が隕石に近いことは、この衛星では形成初期も含めて岩石が一度も溶融していないことを示す。マグマ状態の原始地球では、鉄は惑星中心に集まり金属コアを形成する。一方、エンセラダスでは金属コアがないため、熱水環境にも鉄が多く存在し、これが酸化されることで原始的な微生物の食料となる水素が大量に生成することになる。

今回の成果は、エンセラダスに地球と異なる独自の熱水環境が存在することを明らかにし、生命の食料となりうるガス種を初めて具体的な形で示したものである。これらの知見は今後の太陽系生命探査においても重要となるだろう。
 

発表内容

土星の氷衛星の1つであるエンセラダス(エンケラドス、エンケラドゥスとも称される)は、直径約500キロメートルの比較的小さな天体である。この衛星が、科学者のみならず広く一般からも注目を集める理由は、“液体の水、有機物、エネルギー”という生命を育む基本要素が現存するためである。エンセラダスの内部には広大な地下海が存在し、南極付近の地表の割れ目から海水が間欠泉のように噴出している。NASAのカッシーニ探査機(注4)は、噴出した海水の分析から、海水に塩分や二酸化炭素、有機物が含まれることを明らかにしている。さらに近年では、発表者らによって、噴出した海水に含まれていたナノシリカ粒子の存在から、海底に地球の熱水噴出孔(注5)のような熱水環境が存在することも示されている(図 1)。
 

図 1:エンセラダス内部の様子。南極付近の地下に岩石コアと触れ合う広大な地下海が存在しており、海底には熱水環境が存在している。南極付近の割れ目から地下海に由来したプリュームが噴出している
Image credit: NASA/JPL-Caltech
 

これらの知見は、これまで夢でしかなかった地球外生命発見の可能性を飛躍的に高めてくれるものである。しかし、エンセラダス熱水環境の具体的な姿(岩石組成や生成しているガス種など)は未だ明らかでない。エンセラダスの海底では、地球に似た岩石が海水と反応しているのだろうか。あるいは、化学的に地球と異なる独自の熱水環境が広がっているのであろうか。

関根康人准教授を中心とする本研究グループは、この問題を解明するため、エンセラダス海水に含まれるナノシリカ粒子に注目した。これらナノシリカ粒子は、高温の海水が岩石と触れ合うことで岩石に含まれていたシリカが水に溶け、それが急冷することで析出したと考えられている。したがって、ナノシリカ粒子の生成条件を詳しく調べることで、元となる岩石の組成を制約できる可能性がある。そこで、地球の岩石の主成分であるマントルに似た組成の岩石と、隕石に似た組成の岩石の2種類の岩石に対して熱水反応実験を行った。その結果、マントルに似た組成の岩石からはナノシリカ粒子を生成することはできず、隕石に似た組成の岩石からのみ生成しうることがわかった(図 2)。つまり、エンセラダスには、隕石のような岩石と海水が反応する、地球と異なる独自の熱水環境が存在することになる。
 

図 2:エンセラダス内部で予想される熱水環境の温度条件と熱水中に溶けているシリカ濃度の関係。
Image credit : UT 東京大学

 

黒丸は隕石組成の岩石での実験結果、灰色丸は地球マントル組成の岩石での実験結果を示している。丸印の上に書かれている数字は実験でのpHを示す。一方、実線が隕石組成、点線が地球マントル組成の実験結果に基づく理論で予測される値を示す。破線はエンセラダスの地下海の温度(0℃)でのシリカの溶解度を示す。この図の各pHで、実線が破線を上回る温度のとき、熱水が0℃まで冷却するとシリカの析出が起きる。隕石組成の場合は、実線が高温で破線を上回るが、地球マントル組成の場合はこれを上回ることはないため、シリカの析出は起きない。

エンセラダスの岩石が隕石に似ていることは2つの重要な意味がある。1つは、エンセラダスの岩石成分が形成から現在まで一度も溶融していないことである。エンセラダスのような小さな天体は、初期に高温になっていないと通常は現在まで熱水環境を維持することは難しいとされる。つまり、エンセラダスの岩石が溶融していないことは、現在見られる熱水環境は比較的最近起きた加熱イベントによって実現したことを示すのかもしれない。もう1つは、生命の食料となりうる物質についてである。岩石が溶融した原始地球で、鉄の多くは惑星中心に集まり金属コアを形成する。一方、岩石の溶融を経験していないエンセラダスでは、岩石成分にも鉄が多く存在し、熱水環境で水素を大量に生成する。水素は地球上の原始的な微生物にとって重要な食料である。つまりエンセラダスには、微生物にとっての食料が豊富に生成される環境が存在することを示唆し、このことは生命生存可能性にとって有利かもしれない。

これらの結果は、今後のエンセラダス探査における観測対象の具体化を可能にするだけでなく、我が国の小惑星探査「はやぶさ2」(注6)の価値も高める。はやぶさ2は、太陽系形成初期に熱水環境が存在していたとされるC型小惑星(注7)からサンプルを持ち帰る予定である。これらサンプルから明らかになるであろう隕石組成の岩石が存在する熱水環境での有機分子の化学進化(注8)は、そのままエンセラダスにも適応できる。つまり、はやぶさ2は当初の目標である地球の海や大気の起源だけでなく、エンセラダスにおける生体関連分子の生成にも実証的な制約を与えることになる。このように、今回の成果は探査計画を有機的に結びつけるという波及効果も持ち、今後の太陽系探査における重要なマイルストーンとなるだろう。

※ 本論文は、Nature Communications 誌のハイライト論文に選出され、Nature Publication Group もプレスリリースを行う予定である。


発表書誌

誌名: Nature Communications
論文タイトル:High-temperature water-rock interactions and hydrothermal environments in the chondrite-like core of Enceladus
著者:Yasuhito Sekine*, Takazo Shibuya, Frank Postberg, Hsiang-Wen Hsu, Katsuhiko Suzuki, Yuka Masaki, Tatsu Kuwatani, Megumi Mori, Peng K. Hong, Motoko Yoshizaki, Shogo Tachibana, Sin-iti Sirono(*責任著者)
DOI番号:10.1038/ncomms9604
 

用語解説

注1 エンセラダス:エンセラダスは、土星の第2衛星である。木星や土星などの外側太陽系の惑星の周りをまわる衛星は一般的に氷衛星と呼ばれ、木星の衛星イオを除き氷と岩石を主成分とする。見かけは氷の塊のように見えるが、氷と岩石の割合はおよそ1対1程度であることが多い。エンセラダスは、内部が岩石からなるコアと外側に氷を主成分とするマントルに分かれている。

注2 ナノシリカ粒子:ナノシリカ粒子は、主にシリカ(二酸化ケイ素:SiO2)からなる、ナノメートルサイズの微粒子である。地球上では温泉などにも含まれ、温泉水が青白濁した色をなす原因の1つでもある。

注3 微惑星:微惑星とは、原始太陽系円盤に存在していたとされる直径数~百キロメートル程度の小天体である。これら微惑星が合体・集積することで、惑星が形成された。地球軌道近傍では、微惑星の主成分は岩石であり、木星以遠では氷と岩石からなると推定されている。微惑星の生き残りが、小惑星や彗星であると考えられている。

注4 カッシーニ探査機:カッシーニ探査機は、NASAによって開発され、1997年に打ち上げ、2004年に土星系に到着した土星系探査機である。現在(2015年10月)も進行中の探査であり、2017年まで継続して土星とその環や衛星の観測を続ける予定である。

注5 熱水噴出孔:熱水噴出孔とは、一般的に地殻内部に浸透した水が、熱で加熱されて地殻外に噴出する噴出口のことを指す。これが海底に存在する場合、海底熱水噴出孔と呼ばれ、陸上にある場合には温泉や間欠泉などと呼ばれる。深海に存在する海底熱水噴出孔では、噴出する海水中に溶存した水素や硫化水素などの還元剤を利用して生きる微生物や、それを捕食する深海生物が存在していることが知られる。

注6 はやぶさ2:はやぶさ2とは、小惑星探査機「はやぶさ」の後継機として2014年12月に打ち上げられた、宇宙航空研究開発機構(JAXA)により主導される小惑星探査機である。地球近傍小惑星である小惑星リュウグウ(1999JU3)への着陸とサンプルリターンが計画されている。調査対象のリュウグウはC型小惑星であるとされ、探査によって地球の海や大気の起源に迫る成果を挙げることが期待されている。小惑星到着が2018年、地球への帰還が2020年に予定されている。

注7 C 型小惑星:C 型小惑星とは、小惑星の分類の1つである。表面反射スペクトルなどの類似性から、炭素質隕石の母天体であろうと推測されている。その構成物には、有機物や含水鉱物が含まれていると考えられ、太陽系初期の微惑星時に内部で鉱物の水和反応や熱水反応が進行したと考えられている。

注8 有機分子の化学進化:有機分子の化学進化とは、単純な分子種から生体関連分子を含む複雑な有機物が重合・合成される物質進化のことを指す。生命の起源の前段階でおきたとされる過程であり、それが進行した場所や条件、時期など、その詳細はよくわかっていない。
 

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