The Planetary Society of Japan

The Planetary Report

Archive 1997

 

探査機NEARの小惑星マチルドとの初の遭遇

小惑星マチルド経由で、小惑星エロスの周回軌道に達する初の探査機NEARは、NASAの「より速く、より良く、より安く」を理念とする新しいミッションの第一弾である。小惑星は魅惑的な天体ではないが、太陽系の起源と進化の重要な鍵を握っている。地球周辺を通過する小惑星(地球近傍小惑星)は、地球の生命体の脅威ともなる。可能性を秘めた小惑星マチルドのフライバイに至る経緯を二人の担当者が語る。
筆者のファーカー氏はジョン・ホップキンス大学の応用物理学研究所所員で、NEARミッションの統括者である。ヨーマンズ氏は、ジェット推進研究所のNEAR探査機の無線科学実験班主任である。[ 1997年03月/04月 ]

Robert W. Farquhar, Donald K. Yeomans

 

画像は、小惑星マチルドを通過するNEAR探査機。100年前に発見されたこのゆっくり回転する暗い天体の情報を収集する。マチルドを離れると、小惑星エロスとの遭遇に向けて飛行を続ける。
 

打ち上げの僅か1年前の1994年末、探査機NEAR(NEAR Earth Asteroid Rendezvous:地球近傍小惑星遭遇探査機)の飛翔計画に一寸した混乱が生じた。NEARが目標の小惑星エロスに向かう途中で、巨大小惑星マチルドの至近距離を通過することがわかった。飛翔計画を練り直してマチルドを探査すべきかどうか。マチルド経由になると、余計な燃料の消費と、ただでさえ複雑なミッションに輪をかける心配があった。

NEARはエロスの探査に特注された探査機で、 マチルドのフライバイは計画に組み込まれていなかった。そのためマチルド経由の飛翔になると、太陽電池パネルの発電能力以上の電力が必要となり、危険が増す可能性がある。更に悪いことには、秒速10km(ライフルの弾丸が飛ぶ10倍以上の速さ)でマチルドを通過する際に、周囲のダスト粒子により破壊される可能性がある。

リスクがあまりにも大きいので、マチルドのフライバイ(1997年6月)を取り止めた方が賢明だと主張する関係者もいた。既にガリレオが木星に向かう途中で、ガスプラとアイダの二つの小惑星を探査したことでもあり、1年間余りのエロス周回に計画を集中した方がよい。危険を犯してまで、エロス以外の小惑星を接近通過する価値があるのだろうか。入念に練り上げたこのミッションを変更してまで行なうほど、マチルドは並外れた価値のある天体なのだろうか。ガスプラやアイダについて、ガリレオのフライバイ以上の成果が期待できるのかどうかなど議論百出だったが、最終的には、マチルド探査の肯定派がまさった。
 

1993年8月28日、ガリレオが火星と木星の間の小惑星帯を通過した時に撮った不規則な形状をした小惑星アイダの画像。マチルドは、ガリレオが遭遇したガスプラやアイダよりもずっと大きい。(右に見える小さな天体は、アイダを周回する衛星ダクティル)
 

 

小惑星ガスプラは探査機による探査で精査された最初の小惑星である。これは、探査機のカメラを通して見たガスプラの画像である。ガリレオは1991年10月29日に、木星系に向かう途中ガスプラを通過した。
 

 

左上から、Mathilde, Ida(Galileo), Eros, Gaspra(Galileo), Dactyl(Galileo) etc...NASA発行の最新の比較画像がありましたので、本誌のものから変更しました。
 

 

小惑星253マチルド

1885年11月12日、小惑星253マチルドはオーストリアのウイーンで、ヨハン・パリサにより発見された。マチルドという名前は、この新しい小惑星の軌道を最初に計算したパリ天文台のV.A.ルボーフが提案したもので、天文学者で当時のパリ天文台の副長だったモリッツ・ローウイーの妻に敬意を表して付けられたものと言われている。この小惑星の存在は1885年以来知られてはいたが、地球上の望遠鏡を使った本格的な観測が行われるようになったのは、NEARのフライバイ・ミッションの発表以降のことである。いずれにしても、マチルドが有象無象の小惑星ではなく、まさに並外れた天体であるという期待からであろう。

今までに小惑星に遭遇した探査機は、1991年10月に951ガスプラと1993年8月に243アイダをフライバイしたガリレオだけである。これ等の小惑星は両方ともS-タイプの小惑星である。つまり、小惑星帯(火星と木星の間に広がる領域)の内側に存在する極ありふれた岩石質の小惑星である。NEARの目標である小惑星433エロスもS-タイプに属している。

しかし、小惑星帯の外側に存在する黒っぽい原始的なC-タイプ(炭素質)の小惑星には、探査されたものは未だない。リチャード・ベンゼルと彼の同僚によるペクトル観測により、マチルドはC-タイプに属し、その中でも大きい小惑星であることがわかった。マチルドのスペクトルは、既に知られている二大小惑星のセレスとパラスの中間で、大きさはアイダの2倍、ガスプラの4倍ある。太陽光線の僅か4%しか反射しないので、マチルドは太陽系の中では最も暗い天体の一つである。

ゆっくりした回転は、マチルドの非常に興味深いもう一つの特徴である。19995年前半の半年間に行われた一連の観測に基づき、ステファノ・モットラ率いる観測班は、マチルドの自転周期が,小惑星にしては非常に長い17、4日とであることを発見した。 これより長い自転周期の小惑星は、288グローク(Glauk)と1220クロカス(Clocus)だけで、それぞれ48日と31日である。このように極端に長い周期となるメカニズムは何か、それを説明する術はない。周辺で起こる小惑星の衝突で、ある小惑星の回転が遅くなる可能性はあるが、統計的に見て、衝突する天体が以前の回転を停止させるのにドンピシャの速度(速さと方向)になることはほとんど有り得ない。JPLのアラン・ハリスによれば、無差別の衝突で、3個の小惑星の回転をほとんど止められる可能性は、10億回に1回以下であるとのことである。野球に譬えれば、打者が速球を3回バントして、その都度ボールを投手と捕手のど真ん中に止まるようにするのと同じである。

マチルダを周回する未知の衛星が、潮汐力(月が地球の自転速度に影響を及ぼすのと同じ位)によりその自転速度を遅くされることはあるだろうが、この小衛星がマチルドの回転速度を遅くするには宇宙の年齢よりも長い時間が必要とされるであろう。マチルドには何か非常に奇妙なことがあり、今回のNEARの探査はこれの解明に役立つはずである。
 

フライバイ計画

マチルドの軌道にある粒子との衝突で、探査機が機能不全になる可能性は無きに等しいということと、フライバイのために燃料をさほどそれほ必要としないことが確実となったので、ミッション・チームは、マチルドの速やかなフライバイで最大限の成果が得られる計画が立てられた。1997年6月27日、NEARがマルチドとの遭遇する日になるだろう。この時点で、探査機は太陽からおよそ2.0AU、地球からは2.2AU(AU:天文単位のことで、太陽・地球間の平均距離)の距離にいる。

フライバイ計画の第一歩は、地球からの観測で得られた小惑星の過去の軌道を基に、軌道を正確に算定することから始まった。1885年12月1日から1996年6月23日まで、このような方法で得られたデータは既に500を上回っているが、1994年以前のデータは僅か77にすぎない。これ等のデータを使った内輪の計算によると、NEARがマチルダをフライバイする時点の最大誤差範囲は、約200kmだろうということであった。1997年6月の初めに高精度のレーダーによるマチルドの観測ができれば、この誤差を半分に減らすことができる。

残念ながら、200kmの誤差はあまりにも大きすぎる。探査機は非常な速度で飛翔するので、搭載カメラがマチルドを撮影する時間はほとんどない。探査区域を望ましいとされる幅約25kmまで狭めなければならない。遭遇前に、小惑星の正確な位置に予めカメラの照準を固定しておいても、この問題の解決にはならないだろう。何故なら、探査機は遭遇の24~36時間以前にマチルドを探知することは不可能だからである。探知が遅れるのは、探査機がマチルドに接近する際の方向指示の不良のためである。接近中の探査機は、マチルドの太陽に当たっている半球のごく僅かの部分しか見ないので、マチルドは細い三日月のようにしか見えない。

高速のフライバイの最中に小惑星のような小さい物体の画像を撮ることは、どの探査機にも難しいが、可動台付カメラを装備していないNEARのような探査機には、更に困難である。これはちょうど複数車線の高速道路で、夜間広告看板のビデオ撮りをするようなものである。その広告看板が何処にあるのか正確に分っていれば、運転手に頼んで看板の近くを走ってもらい、適当な角度でカムコーダーを回せばよい、しかし、看板の正確な掲出地点と高さが分からなければ、かなり遠くからカムコーダーを前後左右にパンさせながら看板が掲出されていると思われる場所の全景を撮った方が上手く行く。この場合の最良の方法は、看板が最もよく見えるようできるだけ接近しながらも、その不確かな看板の掲出場所全体を撮るよう十分な距離をとって、確実に写真を写せるようにすることである。

同じように、NEARは予測されたマチルドの位置の1200km以内に接近して、更に一連のクローズアップ画像を確実に撮影できるようカメラをパンさせることはできる。カメラは機体の横に取り付けられているので、マチルダを見るためには機体全体の向きを変えなければならない。

現段階では、最接近のちょうど12時間前に探査機の軌道の修正操作を行なう必要がある。この操作では探査機のフライバイの間は、カメラはマチルダに照準を合わせ、太陽電池は太陽との斜角を50度にしなければならない。このように発電条件が非常に制約されるため、マチルドとの遭遇で使用される科学機器はマルチ分光カメラだけである。しかし、マチルド遭遇前後の探査機追跡データを利用して、その質量を測定することができる。
 

遭遇の科学

フライバイで行われるカメラの実験には、主に三つの目的がある。そのうち最も重要なのは、できるだけマチルドに接近して、表面の詳細な画像を少なくとも1枚は得ることである。二番目は、太陽光が当たる表面の画像をだけ多く得ることである。そして三番目は、周囲の宇宙空間を探査してマチルドの衛星探しを行なうことである。

クローズアップ画像については、マチルドに最接近している約30分間以内に全て撮影を終え、約300枚の画像が得られるよう撮影のシーケンスを設定する。カメラはマチルドの陽の当たる部分を全て500mの分解能でカラー撮影する。最大分解能は200~300mである。

フライバイで行われるもう一つの重要な科学測定に、マチルドの体積と質量を決めるために必要な密度の総量を推定することである。この総密度は、マチルドの生成起源-例えば、マチルドは二つの大小惑星の衝突から派生した大破片なのか、あるいは様々な惑星が繰り返し衝突したためにできた小さい破片の集合体なのかのいずれか-を見極めるために重要である。密度が低い場合は、マチルドはたくさんの破片が瓦礫の山のように緩やかに結合してできたものだろうということになる。固い岩石のように密度が高ければ、遠い太古の時代に他の小惑星との衝突により破壊された大天体の破片、即ち太古の天体の破片ということになる。

このミッションでは、カメラを使ってマチルドのおおよその形状と体積を測定する。残念ながら、マチルドは非常にゆっくりと回転するので、高速で接近通過する探査機はその片側しか見ることができない。そのために、体積測定の予備手段として地球上のレーダーが使われる。スティーブ・オストロと同僚は、レーダー観測でマチルドの大きさや形状の詳しい情報が得られることを実証した。

オストロによれば、接近前後の探査機の正確に追跡で、マチルドの大きさを測定することができるだろうとのことである。フライバイの間、探査機はマチルドの引力で僅かに引き寄せられ、そのために飛行速度を秒速約3mm変え、飛行コースを予定より0.00002度外れることになる。しかし、フライバイの1時間後に更に3600km飛行した時点では、探査機は予定のコースから僅か12m外れるに過ぎないだろう。ガスプラやアイダについては、ガリレオに対する引力ははるかに小さかったので質量の測定は不可能だった。マチルドの質量は、ガスプラやアイダよりも大きいようであるので、探査機の飛行コースに及ぼす作用は無線追跡データで探知できるはずである。JPLのダン・シーアズの分析によれば、マルチドの質量は、約5%の誤差範囲の精度で測定されるはずとのことである。

小惑星253マチルドのフライバイは、NEARミッションの中で重要かつ非常に困難な部分である。これを成就するためには、高精度の地球上の観測により、マチルドの軌道に関するデータを充実させ続けなければならない。つまり、マチルドの最接近時に、NEARのカメラの照準が目標に必ず正確になるよう、マチルドの画像を準備をしておかなければならないのである。

マチルドのフライバイは、ガリレオのガスプラとアイダのフライバイを補完する意味で重要である。つまり、C-タイプ小惑星の初の詳細な探査であり、可動台無しのカメラを装備した探査機によるこの種の最初の撮影でもある。このフライバイで得られる結果は、搭載カメラの性能を試す重要な機会であり、C-タイプ小惑星とS-タイプ小惑星(小惑星433エロスが代表例)との間に存在するであろう根本的な相違点を精査することができるだろう。NEARはマチルドの接近通過で最高の成果を挙げ、科学者達をビックリさせるに違いない。
 

小惑星253マチルドのデータ
大きさ 50x50x70km
タイプ C(炭素が豊富)
自転周期 7.4地球日

 

軌道
近日点 1.94AU
遠日点 3.35AU
傾斜 6.7度
軌道周期 4.31地球年

 

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