The Planetary Society of Japan

The Planetary Report

Archive 1998

 

太陽の片鱗に触れるジェネシス・ミッション

NASAが推進しているニュー・ディスカバリー計画は、 迅速で低コストでしかも科学的に貴重な太陽系のデータの収集への挑戦である。この計画遂行の一環として、二つのプロジェクトが提案された。このプロジェクトの一つのジェネシス・ミッションは、太陽風のサンプルを収集して、太陽の片鱗を地球に持ちかえろうとする試みである。筆者は、カリフォルニア工科大学の地球地質学教授である。[ 1998年03月/04月 ]

Don Burnett

 

太陽のサンプル採集は決して容易ではない。探査機にとって太陽は熱過ぎるので、ジェネシス・ミッションでは、太陽から流れてくる太陽風のイオン化した分子のサンプルを採集することになる。この画像は、太陽及び太陽観測天文台(SOHO)の超紫外線望遠鏡(EIT)で見る我々の太陽である。目で見える太陽表面すぐ上の領域の温度は、6~8万K(華氏で10万8000~14万4000度)である。太陽の磁場が集中している網目模様も見られる。
 

太陽は何から出来ているのか。この疑問は、何世紀にもわたって人類を悩ませてきた。人間は、民話として、あるいは神話の中にそして科学的な仮説として様々な答えを試みてきた。ジェネシス・ミッションは、21世紀に向けて太陽のメカニズムを科学的に解き明かすための十分な解答を用意できるであろう。ジェネシス・ミッションは、特に太陽を構成する様々な元素(とその同位元素)について正確な測定データをもたらしてくれるだろう。

惑星科学者が太陽に興味を持つのは、太陽の組成がわかれば太陽系の誕生そのものや地球の成り立ちなどについても色々教えられるものがあるからである。太陽の組成成分については、一般的に受け入れられている「標準モデル(仮説)」がある。このモデルによれば、月、小惑星及び彗星を含む非常に多様な天体、それに太陽は、太陽系星雲と呼ばれる同質の塵とガスで構成されている。この原始星雲の組成成分は今なお太陽の表層に残されている。

確度が高くて利用価値のあるモデルもあるが、それでもなお多くの疑問には明確な答えが得られないために、太陽はますます興味をそそるのである。又この標準モデルは、ある面については誤りがあることがはっきりしており、これが更に興味を倍加する所以である。例えば、酸素のような揮発性元素。標準モデルでは存在するはずの同質の分布が、同位元素では確認されない。今迄採取された太陽系の構成物質のサンプルは限りがある。様々な断片を集めて、太陽系形成の真相を探るためには、先ず太陽のサンプルを調べる事から始めなければならない。
 

同位元素の謎

同位元素とは、同じ元素でもその原子核の中性子の数が異なるもののことである。酸素16 は酸素の中で最も多量に存在するものであるが、酸素18 に比べると中性子が 2個少ない。酸素を含む空気、水、岩と言ったものの中には酸素16 も 18 もその存在が認められ、16 と 18 の構成比率も測定されている。抽出サンプルの中に同位元素が比較的豊富に含まれている事は、化学的にその過程をたどる上で重要な手掛かりになる。太陽の生成過程を調べるに当たって、酸素の同位元素に探査の焦点を当てた。理由は地球、月および彗星のサンプルには、酸素の同位元素の異常を示した物質の割合が規則正しく、その数が多いからである。それが何故かは分からないが、これらの酸素同位元素の異常を示した物質は、太陽星雲から惑星物体を形成した出来事、過程及び物質を知るための糸口であることには、変わりはない。

しかし、ここに一つパズルを解く大きな鍵が抜けている。太陽酸素の同位元素の組成である。この同位元素の組成比率を精密に測定するためには、太陽のサンプルを地球に持ちかえる必要がある。このサンプルの測定が今回のジェネシス・ミッションの最優先課題である。

さて、それではこれから太陽のサンプルを得るために何処に行くのか。幸いにも、わざわざ太陽まで行く必要はない。太陽のサンプルを入手するのは技術的に困難だと言うのは控えめな言い方である。太陽は絶え間なく太陽風を吹き出しているし、イオン化分した分子の流れは太陽系に行き渡っている。この流れのお陰で、我々は太陽のサンプルを得ることができる。しかし、そのためには、太陽風の流れを変える地球の磁気圏を脱出しなければならない。

ロッキード・マーチン・エアロスペース社が、地球と太陽の間には両者の引力が丁度均衡するラグランジュ点と呼ばれる場所が5ヵ所あるが、その中の一つのL1点の近くに停留出来るような比較的単純な探査機を現在建造中である。引力が均衡しているために、安定した姿勢を維持しながら停留するためにも、エネルギーをほとんど必要としない。2年間の停留で太陽のサンプルを得るためには、L1点は格好の場所である。
 

ジェネシスは2001年の1月に地球を離れ、4月にはラグランジュ点(L1)周回のハロー軌道に到達する。ここで2年間、データやサンプルを採集する。2003年4月、ジェネシスは地球帰還の途につき、ラグランジュ点(L2)を経由して、8月ないし9月には地球帰還軌道に乗る予定である。
 

 

太陽の蝿とり紙

アポロ・ミッションの時に、バーン大学から派遣された同僚の科学者が、元素周期表の全ての元素を含有している太陽風は、その通り道にある様々な物質と結合することを教えてくれた。太陽風の元素の流れは非常に不活発なものが多いので、ジェネシス・ミッションでは、極めて材質純度の高い採集器を使用して、地球の不純物ではなく、まごうことたなく太陽起源の原子を測定するようにしなければならない。この純度の非常に高い材質には、半導体産業が電子製品に使用する単一結晶のシリコンの薄片が用いられる。

最優先課題の酸素同位元素の測定は、採集器で集める物質の純度の確保と、同位元素の高精度分析を行なうための充分な原子を採集するという意味において最大の難問である。ロス・アラモス国立研究所では、静電気鏡(または吸収器ともいう)の設計段階にあり、これが完成すると酸素をはじめ似たような軽量元素の分析精度が20倍も向上する。材質の純度のみならず、採集器は清潔に保たれなければならない。このミッションでは、極めて清潔な「科学収納器」に保管されていた材質を用いて、ジェット推進研究所の設計、製作になる採取器を展開する。採集器は、ジョンソン宇宙センターの最新式で清潔なNASAの保管施設棟で収納箱に詰め込まれる。この収納箱は、探査機がL1点に到着するまで封印されたままである。

採取したサンプルを蓄える科学容器は、サンプル回収カプセル(SRC)の中に組み込まれている。L1点でのほぼ2年間に及ぶ太陽風のサンプル採取を終えると、サンプル採集器はSRCに収納され、探査機は地球に戻る。探査機とSRCは切り離される。SRCが大気圏に突入すると、再突入の摩擦熱でSRCのノーズ・コーン(円錐形の頭部)の材質が融解され、SRCのスピードは減速される。高度が低くなると、パラシュートが開きその下に吊り下げられたSRCは、ユタ州のテスト・トレーニングセンター場上空で、ヘリコプターにより素早く回収される。

サンプル収納容器―貴重な資料で一杯の貨物だが―は、最新機器による同位元素分析のため研究所に運ばれ、太陽の酸素同位元素の測定値と共にその他の元素の測定値を得ることになろう。その結果、太陽の同位元素の比率が、太陽系の他の部分で観測された同位元素の比率と比較してどのようになるのかがわかり、 またこの比率が標準モデルとどう結びつくのかが明らかにされるであろう。太陽のサンプルの測定が終われば、太陽系星雲の進化の段階に関する理解が更に深まることになるだろう。そして何世紀にも及ぶ探査を経て、太陽は何で出来ているか、我々は更に詳しく知るようになるだろう。
 

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