The Planetary Society of Japan

The Planetary Report

Archive 1999

 

マーズ・パスファインダー・ミッションの成果

搭載ローバーのネーミング募集、惑星協会主催のプラネットフェスト'97におけるランダーの着陸の様子をテレビ中継及び本誌での関連記事の掲載等、マーズ・パスファインダー・ミッションは、惑星協会にとって長年の関心事でした。この輝かしい成果を収めたミッションについて、当事者に筆を執って頂いたのが本文です。筆者のゴロンベク氏は、ジェット推進研究所に勤務する科学者で、パスファインダー・ミッションの科学主任を務めました。[ 1999年01月/02月 ]

Matthew P. Golombek(プロジェクトサイエンティスト)

 

1997年7月4日午前3時、私はミッション・ディレクター、探査機の航行担当チーム、科学観測チーム及びミッション管制チームのスタッフと、マーズ・パスファインダー着陸予定地で待ち受けるであろう様々な危険について検討していた。飛行データは、マーズ・パスファインダーが着陸予定地の南西地域に向かっていることを示していた。そこには危険な大丘陵地形があるはずである。南西地域が、中央や東側の地域より着陸地点として安全(あるいは比較的危険性が低い)かどうかは確信が持てない。が、西南地域が非常に危険な場合は、緊急軌道修正操作で、3地域の中の最も安全と思われる地域に探査機を着陸させることは出来る。しかし、着陸に向けて推進機が点火されてしまうと、着陸地点変更の軌道修正に残された時間はないであろう。ミッションの設計、探査機のシステム適正テスト及び検証など、着陸のための作業に5年の準備期間が費やされた。今は、我々関係者の思惑の如何にかかわらず、パスファインダーは数時間のうちに火星に着陸しようとしているのだ。結局、軌道修正は行なわないことに決定された。

1997年7月4日午前10時(米太平洋時間)、マーズ・パスファインダーは無事火星に着陸した。ミッションは、3ヵ月間に及ぶ小型のローバーを展開、3台の科学機器による観測、10の技術テストから成っていた。ランダーは、火星大気の突入して降下し、火星に着陸するための工学実験を主な目的に設計された。「より速く、より良く、より安く」を方針とするディスカバリー計画の第1弾で、最終的には23億ビットの科学データも送ってきた。この中には、ランダーが撮影した1万6000枚と、ローバーが撮影した550枚以上の画像、岩石と土壌に関する16の化学分析データ及び気温、圧力、風に関するそれぞれ850万ビットのデータが含まれていた。ソジャーナーと命名されたローバーは、ランダー(後に、カール・セーガン記念基地と命名された)の周りを時計回りに回って、火星の地表を 200m 探査した。

このミッションは技術的にも大成功を収めたが、世界中の人達の想像を掻き立てたNASAの最も人気のあるミッションでもあった。パスファインダーのウエブサイトには、最初の1ヵ月間で約5億6000万回(ヒット)のアクセスがあった。 特に、7月8日には、1日で4700万回のアクセスがあった。パスファインダーの火星着陸は、インターネット上の史上最大の出来事となった。

このミッションは、アルファ・プロトンX線分光計(APX)と呼ばれる化学分析機器を搭載したローバーの調査による、従来の軌道上の探査で得られたデータを検証、較正する初の火星ミッションであった。ランダーのカメラによる着陸地点のスペクトル撮影、APXによる地表物質の化学分析、ランダーとローバーのカメラによる岩石のクローズアップ撮影で得られるデータを総合的に分析することにより、火星の岩石の種類及び含まれる鉱物特性を解明する可能性が出てきた。パスファインダーが着陸したアレス谷は、安全な場所で、様々のタイプの岩石があり、太古の破壊的な洪水により運ばれた思われる物質が堆積していた。地表のデータを収集することは、地殻の差異、地表の風化、初期の環境特性やその後の進化など火星の基本的な疑問を解く鍵となる。

パスファインダーのデータを総合的に分析してみると、初期の火星は地球のような惑星であったと考えられる。火星の地殻物質には、珪酸の含有量が地球と同じものがある。丸い小石や巨石あるいはれき岩(小石がくっつき合って出来た岩)が存在し、砂や塵大の粒子が豊富であることから、初期の火星環境は現在より暖かく、湿り気があり、液体の水が存在していたことがうかがわれる。以後20~30億年の間に、火星の環境は地球とは非常に異なるものになった。パスファインダーの着陸地点は、地表の浸食の度合いが非常に低い地域である。

パスファインダーの正確な着陸地点

ランダーは大気を降下しながらパラシュートを展開した後、耐熱シールドを投棄した。搭載レーダーで着陸地点を確認するとエアバッグが膨らみ、着陸に備えてロケットに点火して最大限減速した。米太平洋標準時間7月4日午前9時56分55秒、ランダーは火星に着陸した。

耐熱シールドの前頭部は、着陸地点から西南に 2km、後頭部は 1km 離れた丘陵地に落下したようである。風の影響で、エアバッグは着陸地点から北西約 1km 離れた最も岩の多い場所に静止した。最高 12m の高さまで飛び上がり、少なくとも15回弾んだが、エアバッグに破損は生じなかった。この着陸装置が頑丈であることが証明された。
 

方向がちょっと分かり難い図だが、ソジャーナーの80火星日間の移動軌跡を示したものである。
 

 

ランダーは火星の北緯 19.7度、西経 33.21度に着陸した。黒白の画像の左側が、20年以上前にバイキング・オービターが撮った着陸地点の合成画像である。パスファインダーの着陸地点は東南側の低い尾根に挟まれた場所なので、北側の地形を見るのは難しい。右上の囲みはバイキングが撮影した幾つかの地形の画像で、有名なツイン・ピークス(左上)も見える。その他の画像は、パスファインダーの地平線上に見える地形である。
 

 

ランダーが送ってくる画像から、我々は5ヵ所の明らかに平坦地と分かる地形と2つの小さいクレーターを確認し、バイキングが撮った画像を参考にして、これ等の地形が米地質調査研究所が作成した火星の北緯19.13度、西経33.2度から 100m 以内に位置する地形であることを確認した。 ランダーの着陸地点は、 双方向距離測定とドップラー追跡によって確認されていたので、火星では最もよく知られる場所となった。ランダーによる双方向距離測定とドップラー追跡によるデータを合わせて、火星の正確な自転軸(自転軸の規則的な運動を示す値)の傾斜角度が分かり、これをバイキング・ランダーのデータと合わせて、火星の歳差定数の精度を3倍向上させることが出来る。歳差定数を使って、惑星の中心核の大きさを規制する慣性運動量を算出できる。パスファインダーのデータによると、火星の中心核の半径は約 1300km 以下である。

着陸地点で見られる地形の多くは、アレス谷とチュー地域で起こったと考えられる猛烈な洪水で運ばれた物質が堆積した平原の地形と一致していた。岩だらけの地表には、丸みのない大小様々の岩石が散乱しており、大洪水で寄せ集められた様々の岩石が存在し、流路が刻み込まれているワシントン州スカヤブランドのエファラータ・ファン地域に似ている。ランダーの画像には、ツイン・ピークスがなだらかな稜線をした丘陵のように見える。これは我々が、バイキングの画像から予測したとおりの地形である。このことから、ランダーは広大でなだらかな尾根の側面か、ツイン・ピークスに続く岩だらけの地域の端に着陸したようである。
 

パスファインダーは、技術テストを主目的としたミッションで、エアバッグはその一項目であった。完全に脹らんだエアバッグにすっぽり包まれたランダーは、火星に衝突して静止するまで少なくとも15回バウンドした。完全に静止すると、エアバッグは空気を抜かれ回収された。 色のコントラストを強調した画面に、エアバッグの最後のバウンドで地表がかき乱され(矢印)、他の表層よりも黒い地表が現れているのが見える。
 

 

地球のように液体の水が豊富な惑星では、丸い小石や、やや大きい丸石がよく見受けられる岩石の形である。この画面に見られる岩石は、かつて火星が暖かかった太古の時代に、火星の地表を流れていた水が岩石を削ってできたものかもしれない。画面左上には、ラムと呼ばれる比較的大きい岩石の一部が見える。ラムは長い間に集結した小さい石の結合体であるかもしれない。
 

 

火星の夜明け。空けていく空に、青い水の氷の雲がかすかな縞模様を描く。薄い大気は主に二酸化炭素で出来ているが、時には水の雲を作るくらいの湿気を含んでいる。これ等の薄い雲は、火星の地表から 15~20km 上空に棚引いている。
 

 

岩石のクローズアップ

ロック・ガーデンとして知られている地域には、うろこ状に重なり合い或いは傾いた岩石のブロックが見える。これ等の岩石は、全体的に洪水の流れた方向に傾いている。至る所に見られる溝は初期の地形で、洪水により形成されたか或いは流域が削り取られて細かい粒子が運び去られ、その後に鎧をかぶったようにごつごつした表面が残ったものであろう。この様子は、エラファタ・ファン地域に似ている。大きな岩石はやや丸みを帯びたテーブル型で、その多くは高い所に位置を占めている。これは、洪水で運ばれ堆積した岩石であるという考え方と一致する。風の浸食による以外は、ロック・ガーデン地域の地表は数十億年前とほとんど変わっていない。風の浸食は、表土を5~7センチ削り取り、岩石の後ろに塵の吹きだまりを作り、砂丘を形成し、そして岩石に溝を刻んだ。

この地域の土壌は、結晶性の弱い物質もしくは酸化鉄の微粒子で出来ている。APXSの測定によると、ランダー周囲の土壌の組成は概ねバイキングの着陸地点の土壌の組成と似かよっている。これは、パスファインダーとバイキングの着陸地点の距離が非常に離れているものの、風が火星全域に運んだ塵のためであると思われる。このように組成が似ているので、土壌の色の違うのは、鉄分の含有量の違いか粒子の大きさや形の違いのためであろう。この事は、様々な風の作用が複雑に絡み合って生じた結果によるものであろう。

総じて、この地域の岩石の色は濃い灰色である。APXSの測定によると、岩石の化学特性は地球上の玄武岩、玄武岩含有の安山岩及び安山岩のいずれにも似ているように見える。この岩石は、硫黄分が豊富で明るく赤みを帯びた塵で覆われた黒いけい素分の多い岩石、組成的には安山岩であることを示唆しており、火星から地球に飛来した隕石とは明らかに組成が異なっているのは興味深い。火星の隕石は苦鉄岩(マグネシウムと鉄が豊富)で、けい素は比較的少ない。金属元素の特性からみると、硫黄分を含まない火星の岩石は、安山岩と呼ばれる地球上でよく見受けられる岩石のそれと似ている。地球上の安山岩には、マントルから生じた結晶にばらつきのある氷州石が含まれている。
 

画面の右に見える二つの峰から成るツイン・ピークスは、火星の謎を解く鍵が秘めているかもしれない。1970年代のバイキングの画像にもよく登場した二つの峰は、今回のミッションでもお馴染みの光景となり、ランダーの位置を確認するために便利なランドマークとなった。ツイン・ピークスのなだらかなスロープは、パスファインダーの着陸地点同じく、大洪水により削り取られた跡であることを示唆している。
 

 

ランダーとローバーが送ってきたクローズアップ画像には、表面がごつごつしていたり、窪みがあったり、滑らかだったり、層状及び線状の模様があるなど、岩石の様々なタイプがある事を示している。中には、輝く半球状の窪みあるいはきめの細かい基質の中に埋め込まれていた小石が脱け落ちたためにできた窪みのあるれき石がある。こうした岩石は、地上ではきめの粗い中れき石や巨れき石のもとになる。もし岩石がれき岩であるとすれば、表面が滑らかな丸みを帯びた状態にするためには、長期間にわたる流水が必要であったはずである。れき岩の形成の際に、丸い物質がきめの細かい基質(砂と粘土)の中に堆積して巨石化し、猛烈な洪水により押し流されて、後年小さいながら多才なロボットが訪れた場所に位置をしめることになったのであろう。
 

画面の右に見える二つの峰から成るツイン・ピークスは、火星の謎を解く鍵が秘めているかもしれない。1970年代のバイキングの画像にもよく登場した二つの峰は、今回のミッションでもお馴染みの光景となり、ランダーの位置を確認するために便利なランドマークとなった。ツイン・ピークスのなだらかなスロープは、パスファインダーの着陸地点同じく、大洪水により削り取られた跡であることを示唆している。
 

 

ロックガーデン地区のもう一人の住人であるモーは、幅約 1m の巨石で、周囲の岩石より滑らかな表面をしている。詳細に観察すると、火星の強風で運ばれた砂塵がこの岩石の表面に当たり、そのために刻まれた窪みときめが見える。
 

 

至る所塵また塵

磁気を帯びた塵が大気により運ばれ、次第に搭載された磁場探知器の上に堆積していくのが測定された。この塵は明るい土壌や大気中に見られる塵と同じく黄褐色をしており、その磁気特性や化学組成が、マグヘマイト(磁赤鉄鉱)と思われる少量の非常に磁気性の強い鉱物を含んだ珪酸塩粒子の結合体と一致している。この塵が磁性を帯びている原因として、過去のある時期に存在した水の活発な循環により火星の地殻から鉄分が溶出し、瞬間凍結してマグヘマイトに変換され珪酸塩で構成された塵の上に降りかかったためであるという説明がよくなされる。火星の日中によく測定された塵旋風は、微小粒子である塵を大気中に巻き上げる効率的なメカニズムとして作用したと考えられる。送られてきた画像を分析した結果、幅数 10km、高さ数 100m の旋風が確認された。

ローバーの車輪で出来た轍と地表の組成の調査では、様々な物理特性を持つ物質の存在が示唆された。明るい漂積物質で出来た地表に刻まれた轍にはいずれも、ローバーの車輪のスパイクが光沢のある微小粒子の塵を圧迫した跡が残っている。この微小粒子の塵は、地表の吹きだまりやその他の風が長い歳月をかけて作り上げた地形を構成する塵が大気中に吹き上げられて浮遊塵となったものと思われる。土塊のような堆積物は、粒子の大きさがまばらな塵、砂粒、細かい土の粒子、細かく砕かれた岩石および中位の大きさのれき岩で構成されているようにみえる。これ等の物質は、約 1.5g/cm3 の密度を持つ地球上で見られる典型的な土壌のタイプに似ている。ローバーの車輪の所々に付着した厚い塵は、圧迫された塵が静電気を帯びたことを示唆している。

ミッションの間、火星の空はやや黄褐色を呈していた。早朝撮影された画像には、白から明るい青に変わる水の氷で出来ている思われる雲を写し出されていた。大気の粒子の大きさと水蒸気の追跡測定値は、バイキング・ミッションの測定結果と全く一致していた。風速は秒速 10m 以下と弱くかつ変わり易く、昼と夜に最高を記録した。この他の気象データとしては、地上 25cm~1m の高さで気温の突然の変動が観測された。これは、地表で暖められた冷たい朝の空気が、対流により上昇する渦を起こすためであると考えられる。着陸から火星日の20日間、気圧は最も低かった。つまり、冬期における南極冠の広がりが最大に達したことの証拠である。

エアバッグは15回弾んだにもかかわらず裂けたり破裂したりせず、無事火星の最も岩でごつごつした場所に静止した。比較的短期間で仕上げたこの着陸装置が、経済的かつ非常に丈夫であることが実際に証明されたのである。ローバーもまた岩だらけの場所でも、岩石に機器を押し付けて行なう調査や限定付きながら走行調査にその優秀性を発揮することが確認された。このミッションでは、この先何年もかけて分析する程膨大なデータが得られた。これまでの分析結果では、初期の火星は現在よりも暖かく湿潤であったことが示唆された。パスファインダーは、一般の人達が火星探査に非常に興味を持ち、かつ魅力を感じていることを実証した。今回のミッションのために開発されたサブシステムは、今後の火星探査に引き継がれることになるであろう。
 

パスファインダー・ミッションの「贅沢な点」の一つに、面白い岩石のクローズアップ画像を撮るためにソジャーナーという名前のローバーを搭載したことである。この写真は、ロック・ガーデン地区の住人の一人のシャークである。この地区では、かつて火星の表面を水が流れていた痕跡が発見された。この地区の岩石は、概ね同じ方向を向いて傾いている。岩石の上に乗っている岩石も幾つか見られる。これは、洪水により運ばれてこの場所に止まったものと考えられる。
 

 

ソジャーナーが発見したれき岩のように見える岩石は、かつて火星で水が流れていたことを裏付ける最も有力な証拠である。このタイプの岩石は、小石や中くらいの大きさの岩石が水により細かい砂または粘土の中に運び込まれ堆積して、長い歳月のを経てこのような集合石に成長する。画面はエンダーと呼ばれる岩石で、表面が平らになっている。右上に、縮んだエアバッグが見える。
 

 

Creating a better future by exploring other worlds and understanding our own.