何故、火星なのか


赤い惑星・火星は、科学探査とSFの世界では、ずっと以前から人類究極の目的地とされてきているので、そこに到達したいという思う理由は誰も同じであると考えられます。火星探査という大義を前進させるためにも、一歩引き下がって、その意義を改めて考え直してみることも有意義なことと思われます。そして、これこそNASAのゴールディン長官がカール・セーガン博士(惑星協会会長)に要請したことでもあります。以下は、セーガン博士の考察です。[ 1996年09月/10月 ]

Carl Edward Sagan
 

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火星に降り立った直後のマーズ・パスファインダー。
Image Credit : NASA
 

火星は、地球に最も近い探査が可能な惑星である。およそ40億年前の火星は、川や湖、そして海洋すら存在する地球に似た気候を持った惑星だったようである。(この頃の太陽の明るさは、現在の 1/4 であった。)原因は何かはっきりしないが、この地球に似た天体は深い氷河時代へと変わっていった。地球の環境を混乱させている我々人類は、この時代の火星の気候に何が起こったのか理解しなければならない。

火星には、その大きさと同じオゾン・ホールがある。太陽から放射された紫外線は、火星の表面に容赦なく降り注いでいる。バイキング 1 号と 2 号のランダーの生物実験により明らかになったように、火星に有機分子すら存在しないのはこのためであると考えられている。従って、火星を研究することは、オゾン層が無くなった時の地球がどのように極端な状況に追い込まれるのか、それを理解することに役立つと思われる。

火星が温暖で湿り気があったのと同じ時期に、地球には生命が誕生した。非常に似かよった環境を持った隣接する二つの惑星の一方に生命が誕生し、もう一方には誕生しなかったということが実際に起こったのだろうか。過去の火星生命の痕跡が見られる化石の形態やその化学組成を調べることは、火星探査の最もエキサイティングな目標の一つなのである。もし化石が見つかるとすれば、宇宙に存在する生命誕生の条件が整ったすべての惑星では、生命が急速に誕生することを示唆することになるかもしれない。

仮に火星に生命が存在したとすれば、気候条件が悪化するにつれ、火星の表面または表面下の生息可能な最後の領域に後退していったに違いない。バイキングの生物調査の結果は、生命の存在には否定的であったが、現在の火星に「オアシス」が存在するとすれば、火星生命は発見されることを待ち望んでいるのではなかろうか。また生命が発見されたとしても、基本的には地球上の生命とは異なったものであろう。

火星は、宇宙探査の国際協力を実現するための理想的な「場」である。財政と社会基盤の変動に遭遇しつつも、ロシアの宇宙機関はマーズ 96 の打ち上げ実施に向いつつあるようであり、最近になってマーズ 2001 ミッション計画を承認した。また、火星の共同探査も各国政府の重要施策となっている。

日本の火星オービターは、1998年に打ち上げ予定である。ヨーロッパ(特にドイツとフランス)の宇宙機関は、近年の火星ミッションで重要な役割を果しているし、将来の探査計画でもその役割は変わらないであろう。アメリカは国際協力という新機軸の火星の科学探査において、主要な役割を果す機会を得た。

火星探査は空気制動、酸化剤や地球へ帰還するための燃料の製造に火星の資源を利用する(そして、最終的には有人探査に必要な水や酸素)新技術を試す試験場になり得るのである。火星はまた、時間差の遠隔操作やバーチャル・リアリティーのみならず、ローバー(ロボット探査車)の遠隔操作やサンプル回収計画のための理想的な実験場にもなり得る。

人類が火星に対して持つ昔からのロマン(今日でも、「火星」という言葉から何が連想されるか考えてみてください)故に、火星探査にはおそらく他の宇宙計画にはない大衆の共感と支持がある。SNC 隕石(注1.)は、一部の地域のサンプルとはなり得ても、様々な構成物質から成る火星全体を代表する妥当なサンプルとはなり得ない。

火星の有人探査計画の観点から、国際宇宙ステーションは、それが長期(1~2年)有人宇宙滞在の研究のためだとすれば尚更、十分納得のいく話である。長期的にみれば、火星は人類が他の天体で自給自足による共同社会を建設するための最高の場所である。同時に、太陽系の中で最も地球環境に改造し易い天体でもある。

NEO は、新たなそして未知の環境探査の代表例であり、多くの点で、月よりも興味がそそられる。

火星は、我々の孫やひ孫達に前途有為の未来という希望に満ちた夢をもたらしてくれる。この実現によってこそ、アメリカ人の節度、想像力および持続力を示し、冷戦の影を地球から排除する機会をもたらすことができる。
 

注 1.)*発見された地名 Shergotty(シャーゴッティ)、Nakhla(ナクラ)および Chassigny(シャッシグニ)の頭文字をとって付けられた名前.
 



Akira IMOTO

Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan

Web edited : A. IMOTO TPSJ Editorial Office