The Planetary Society of Japan

次世代太陽系探査

エポックメイキングな隕石たち(その 9):タギシュ・レイク隕石 ~ D 型小惑星由来の隕石 ~

Updated : June 29, 2017 - 太陽系形成・生命起源

日本惑星科学会誌「遊星人」 Vol. 25, No.3, 2016 掲載
藤谷 渉:茨城大学理学部

この原稿元ファイル:[ 日本惑星科学会誌「遊・星・人」第25巻(2016)3号 - PDF ]
 

 

要旨

タギシュ・レイク隕石は,反射スペクトルのデータから D 型小惑星を起源としている可能性が高い.物理的,岩石鉱物学的および地球化学的な特徴はこの隕石が既存の化学グループには属さず,非常に始原的で特異な炭素質コンドライトであることを示す.その特徴は,小惑星帯の外縁部に多く存在する D 型小惑星に予想されるものと調和的である.
 

1. はじめに

本稿では,既存の化学グループには属さない炭素質コンドライトであるタギシュ・レイク(Tagish Lake)隕石について紹介する.この隕石は比較的最近落下したものであるが,太陽系物質の多様性や小惑星帯外縁付近の天体の性質,母天体における物質の変成過程を理解するための貴重な試料として認識されており,今日まで活発に研究されている.

図 1:タギシュ湖の地図.矢印は火球の進行方向を,楕円はタギシュ・レイク隕石が発見・回収された場所を示す.理由は不明だが,Google マップ日本語版にはタギシュ湖がタギシュ・レイク隕石と表記されている.Google マップより(地図データ: Google).

タギシュ・レイク隕石は,2000年01月18日にカナダ北部のタギシュ湖に落下した落下目撃隕石である[1].この隕石が落下した冬の時点では湖は凍結しており,春に氷が溶けるまでこの隕石は液体の水にさらされることはなかった.地域住民のジム・ブルック(Jim Brook)は落下からわずか一週間後の01月25日に凍結した湖面から隕石の破片を発見し,26日にかけて回収した.回収した隕石は素手で触ることなくビニール袋に入れ,凍結した状態で保存された.その結果,極めて保存状態がよく地球上での汚染を最小限に抑えることができたのである.このように回収・保存された破片はおよそ 850 グラムにのぼる.これから説明するように,タギシュ・レイク隕石は始原的かつ特異な隕石で,非常に学術的価値の高いものであるが,その隕石がこのようによい状態で保存されていたのは幸運と言うほかないだろう.なお,春になって氷が溶けた後にも 10 kg 程度の隕石片が回収されており,隕石片が回収された場所は湖上で 16 km の長さの領域に及んでいる(図 1).
 

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2. タギシュ・レイク隕石の物理的特徴

タギシュ・レイク隕石は密度が 1.6 g/cm3 ほどであり,これは CI や CM コンドライト(それぞれ 2.2 - 2.3 と 2.6 - 2.9 g/cm3)と比較して非常に小さい値である.そのぶん空隙率は高く,40 % ほどである.2000年に回収された直後,タギシュ・レイク隕石の細粒マトリクスは非常に脆かったと言われている.

タギシュ・レイク隕石のメテオロイドが大気圏に突入する際のさまざまな物理量は,衛星および地上からの火球の観測によって推定されている[1].それによると,タギシュ・レイク隕石のメテオロイドが大気圏に突入した時点での総重量は約 200 トンで,その質量の大半を大気中で失ってしまった.大気圏への突入速度は約 16 km/s,突入角度は 17° と非常に浅い.このことが,低密度・高空隙率で強度の低い物質が上空で粉々に破壊されることなく,ある程度の大きさのまま地表面に落下した要因となった.

後にも触れるが,地球の成層圏で回収される惑星間塵(Interplanetary Dust Particle: IDP)や南極氷床から回収される微隕石(Micrometeorite)を含む宇宙塵の中には,鉱物組成がタギシュ・レイク隕石に類似したものがかなりの頻度で見られる.一般に,IDP の密度はタギシュ・レイクと同様に小さく,その多くは脆いことが知られている.このことは,タギシュ・レイク隕石のような強度の低い物質の破片が宇宙塵として地球上に降着していることを示唆しているのかもしれない.つまり,このような物質は宇宙塵として地球上で回収することができる一方,隕石としてある程度の大きさのものを手にするのは難しいのである.
 

3. タギシュ・レイク隕石の構成鉱物と水質変成作用

タギシュ・レイク隕石の岩石鉱物学的な特徴として特筆すべきは,その反射スペクトルが他のどの炭素質コンドライトとも異なり,D 型あるいは T 型小惑星のそれと類似していることである[2,3].Hiroi et al.(2003)は小惑星 308 Polyxo をタギシュ・レイク隕石母天体の候補として提案している[3].D 型小惑星の軌道長半径はほとんどが 3 AU 以上であり,普通コンドライトや他の炭素質コンドライトの母天体(S 型や C 型小惑星)よりも太陽から遠い位置に存在している.もし小惑星の形成した場所が現在の小惑星帯の位置だったとしたら,D 型小惑星は C 型小惑星より揮発性物質やプレソーラー粒子の存在度が高く,また,熱変成度の影響も小さい可能性がある.

タギシュ・レイク隕石は角礫岩の組織を示す.タギシュ・レイク隕石を構成する物質は主に層状ケイ酸塩のマトリクス,コンドルール,カンラン石の結晶片であり,水質変成の影響が顕著である[4].難揮発性包有物もわずかに確認できる.マトリクスにはマグネタイト,Fe-Ni 硫化物や炭酸塩鉱物が含まれる.マトリクスに含まれる炭酸塩鉱物の存在度は試料によって様々であり,初期分析における岩石学的記載では,炭酸塩鉱物に富む岩相と乏しい岩相が存在することが示されている.マトリクスを構成する層状ケイ酸塩鉱物は主にサポナイトであるが,蛇紋石をかなり含む部位も存在する.上述のような鉱物の組み合わせは多くの含水 IDP と共通しており,含水 IDP の母天体はタギシュ・レイク隕石の母天体に類似した D 型小惑星であると考えられる.

図 2: タギシュ・レイク隕石の薄片の電子顕微鏡(反射電子)像.丸で囲った部分の薄いグレーに見える鉱物は粒子サイズの大きな(約 100 μm)の炭酸塩(ドロマイト).矢印で示したのはコンドルール.白く見えるものはマグネタイトや硫化物.他にも小さな岩片が観察でき,角礫岩であることを示している.[6]より改編.

ところで,タギシュ・レイク隕石には炭酸塩鉱物に富む岩相と乏しい岩相が存在すると述べたが,水質変成の程度やそれに伴う有機物の組成の変化などから,より多様な岩相が存在することが示唆されている[5].筆者もこの隕石から,今まで報告例のない大きい粒子サイズ(約 100 マイクロメートル)の炭酸塩(ドロマイト)を発見し,多様な岩相が存在することを裏付けるものとして解釈している(図 2).なお,この岩相はコンドルールや多量のマグネタイトを含んでおり,CI や CM コンドライトの組織とは異なる.このドロマイトが形成した年代は 53Mn-53Cr 年代測定から 4564 Ma と判明しており,これが地球外起源である(すなわち,地球上での風化作用によるものではない)ことは明白である.この形成年代は,他の水質変成を受けたコンドライト(CI や CM コンドライト)に含まれる炭酸塩鉱物の形成年代とほぼ同じである[6].すなわち,水質変成のタイミングはどの隕石母天体でもそれほど変わらなかったと考えられる.

タギシュ・レイク隕石には無水ケイ酸塩を含むコンドルールが観察され,CI コンドライト(岩石学的タイプ 1)のようにコンドルールや無水ケイ酸塩が存在しない隕石より水質変成の程度が低いと考えられる.このことから,岩石学的タイプは 2 とするのが妥当である.また,層状ケイ酸塩の鉱物種や炭酸塩鉱物の存在度および化学組成が異なること,多量のマグネタイトを含むことから,CM コンドライトとも区別される.このように,タギシュ・レイク隕石の岩石鉱物学的観察から,この隕石は既存の化学グループには属さない特異なものであることが結論される.
 

4. タギシュ・レイク隕石の地球化学的特徴

図 3:タギシュ・レイク隕石,CI,CM,CO コンドライト全岩の酸素同位体比を示す三酸素同位体図.タギシュ・レイク隕石の酸素同位体比は他のいずれの隕石とも異なるが,CM,CO コンドライトのデータ点の回帰直線上の 17, 18O に富む側にプロットされる.データは[1,14]より.

よく知られているように,隕石全岩の酸素同位体比は隕石の分類をするうえで重要な分析値である.タギシュ・レイク隕石の酸素同位体比は,CI や CM コンドライトのいずれとも異なる[1].三酸素同位体図上で,タギシュ・レイク隕石は CM と CO コンドライトのデータ点の回帰直線上に,17, 18O に富む側にプロットされる(図 3).同じような温度で水質変成を経験しているとすると,酸素同位体比からタギシュ・レイク隕石は CM コンドライトよりも水を多量に含んでいると考えられ,その水/岩石比(酸素原子数比)は 1.2 と見積もられている[7].また近年,Cr 安定同位体比も隕石の分類に有用であることがわかり,Cr の最も中性子に富む同位体である 54Cr の存在度(54Cr 同位体異常)が隕石の化学グループごとに異なっていることが知られている.タギシュ・レイク隕石全岩の 54Cr 同位体異常は CM と CI コンドライトの中間的な値を示すが,ケイ酸塩相に限定すると同位体異常はすべての隕石の中でもっとも大きい[8].

タギシュ・レイク隕石の炭素含有量は 5.8 wt% であり,他のどのコンドライトよりも多い[9].有機炭素の存在量は 2.6 wt% で CM と CI コンドライトの中間的な値である.プレソーラー粒子であるナノダイヤモンドの存在量はおよそ 4000 ppm ですべてのコンドライトの中でもっとも多い.プレソーラー粒子の存在度が大きいということは,先に述べたように,タギシュ・レイク隕石のケイ酸塩相の 54Cr 同位体異常がすべてのコンドライト中で最も大きいということと関係しているのかもしれない.一方でプレソーラーケイ酸塩相の存在度は非常に低く,水質変成によって失われてしまった結果であると解釈できる.Fe をほとんど含まないカンラン石がマトリクスにごく少量しか存在しないことはこの解釈を支持しているであろう[10].

全岩の化学組成については,大まかに述べると,タギシュ・レイク隕石は CM コンドライトと比較して揮発性元素に富んでいるが,CI コンドライトよりは乏しい[11,12].難揮発性元素は逆の傾向を示す.このようにタギシュ・レイク隕石は CM と CI コンドライトの中間的な元素存在度パターンを示すように思える.しかし,揮発性・中程度の揮発性・難揮発性の三つの元素の比(例えば Zn/Mn と Sc/Mn 比)を縦軸・横軸にとったグラフに CM と CI コンドライトの組成をプロットすると,タギシュ・レイク隕石のデータはこれらの隕石のデータの混合線上にはプロットされないことがわかる.

以上述べてきたように,地球化学的な特徴からタギシュ・レイク隕石は炭素質コンドライトに分類され,非常に始原的な物質であるが,既存の化学グループには属さない特異な隕石であることがわかる.
 

4. おわりに

これまで述べてきたように,タギシュ・レイク隕石は非常に始原的で特異な隕石であり,既存の化学グループに分類することはできない.反射スペクトルのデータから,タギシュ・レイク隕石の母天体は D 型小惑星である可能性が高い.タギシュ・レイク隕石の岩石鉱物学的観察あるいは地球化学的分析から,D 型小惑星は揮発性元素やプレソーラー粒子,水や炭素を多く含むこと,熱変成の影響をほとんど受けていないこと,密度が小さく空隙率が大きいことなどが明らかになった.このような特徴は,D 型小惑星が小惑星帯の外縁部に存在していることと整合的である.タギシュ・レイク隕石は D 型小惑星が起源だと考えられる数少ない隕石の一つだが(WIS 91600 という隕石も D 型あるいはT型小惑星由来かもしれない),宇宙塵にはこれに類似した試料が高い頻度で含まれている.直径 1 mm 以下の宇宙塵は地球へ年間(40±20)x 106 kg 落下し[13],この降下量は全地球外物質の降下量の 90 % 以上である.そのため,D 型小惑星由来の物質は地球上の水や有機物を含む揮発性物質の起源を理解するために重要であり,タギシュ・レイク隕石はそのための貴重な手がかりである.この隕石の詳細な分析によって,太陽系の揮発性物質の始原的な姿やそれが小惑星内で変成されていく過程が明らかになるものと期待される.
 

謝辞

木村眞博士,野口高明博士,岡崎隆司博士には本稿を執筆する機会を与えていただき,また,注意深く原稿を読んでいただきました.本稿を査読していだいた野口高明博士には有益なコメントをいただきました.ここに御礼申し上げます.
 

参考文献

鉱物名 結晶構造 化学組成* 文献
 
wadsleyite 変形スピネル Mg2SiO4 Putnis and Price(1979)†
ringwoodite スピネル Mg2SiO4 Binns et al.(1969)†, ‡
 
majorite ガーネット(立方晶) MgSiO3 Price et al.(1979)
majorite ガーネット(正方晶) MgSiO3 Xie and Sharp(2007)†, Tomioka et al.(2016)
akimotoite イルメナイト MgSiO3 Tomioka and Fujino(1997)†, Tomioka and Fujino(1999)‡
bridgmanite ペロヴスカイト MgSiO3 Tomioka and Fujino(1997)†, Tschauner et al.(2014)‡
 
lingunite ホランダイト NaAlSi3O8 Tomioka et al.(2000)†


*化学組成は端成分(主要成分)で表されている.
†天然試料として初めての記載を行った文献.
‡新鉱物として命名を行った文献.

 

その後の 20 年近くは高圧鉱物の記載は忘れられた感があったが,1990年代後半に入り,ドイツ・バイロイト大,米国・アリゾナ州立大,日本では筆者らのグループがエネルギー分散X線分光装置(EDS)付きの透過電子顕微鏡(ATEM)を,衝撃を受けた隕石の研究に応用した.ATEM はサブミクロンスケールで複数の鉱物が入り交じり合う試料において,個々の粒子の結晶構造と化学組成の決定を可能にした.また,放射光による高輝度 X 線を用いた微小試料の回折実験が身近になったこともあり,現在に至るまで高圧鉱物の発見と命名の激しい競争が繰り広げられている.

このような微細試料の分析技術の発展により,カンラン石の高圧相以外でも,Tenham からは輝石組成のイルメナイト相(アキモトアイト),ペロヴスカイト相(ブリッジマナイト),斜長石組成のホランダイト相(リングンアイト)が次々に発見された(表 1)[4].天然に見出された鉱物は,その化学組成と結晶構造の組み合わせが既知の鉱物と異なることが国際鉱物学連合(IMA)に認められると,鉱物種として固有の名前が与えられる.リングウッダイト同様,上記に示した高圧鉱物の名前はいずれも高圧物性や高圧地球科学に貢献のあった研究者に由来している.新鉱物としては承認されていないが,最近,低 Ca 輝石組成をもつ低対称の正方晶ガーネット相(メージャライト)が,著者らの詳細な ATEM 観察により完全に記載された[5].
 

3. Tenham の衝撃組織と高圧鉱物の産状

図 1: Tenham コンドライト(L 6)の衝撃溶融脈(ショックベイン)の光学顕微鏡写真.脈中に見られる青い粒子はリングウッダイト[(Mg,Fe)2SiO4 スピネル].

Tenham は母天体の熱変成作用におけるコンドルールとマトリックスの組織的,化学的均質化が進んだ平衡コンドライトであり(岩石学タイプ 6),化学的グループは L 型の普通コンドライトに属する.この隕石の大きな特徴は,試料全体にわたって主要構成鉱物のケイ酸塩鉱物に特徴的な割れや変形の組織が見られることである.また局所的にも幅 1 mm 以下程度の黒色の脈状組織(ショックベイン)(図 1)や局所的な溶融組織(メルトポケット)を持つ. これらの組織は,Tenham がかつて強い衝撃変成に晒され,母岩のコンドライトが局所的に融解したことを示している.また,これらのメルト近傍を偏光顕微鏡で観察すると,カンラン石が再結晶化していたり,斜長石が屈折率の高い高密度ガラス(マスケリナイト)になっていることが分かる.

図 2:Tenham のショックベイン中に見られる高圧鉱物の透過電子顕微鏡写真.Maj:メージャライト[(Mg,Fe,Ca)(Al,Si)O3 - 立方晶ガーネット],Mw: マグネシオヴスタイト[(Mg,Fe)O].高圧下でのコンドライトメルトから結晶化したメージャライトには,Fe-Ni-S に富む球状の包有物が多数含まれる.

高圧ケイ酸塩鉱物は二種類の産状を示す.一つはショックベインやメルトポケットの黒色部を構成する比較的粗粒(数ミクロン以下)な粒子で,複数の種類の結晶質ケイ酸塩,非晶質ケイ酸塩が混在している.また,Fe-Ni-S に富む物質やFe酸化物がケイ酸塩の粒間物質や包有物として散在しているのが特徴である.Tenham のショックベインでは,立方晶メージャライトや単斜エンスタタイトが卓越する(図 2).もう一つは,ショックベインに取り込まれた母岩の破片としての産状である.粒形 1 ミクロンに満たない粒子からなり,その集合体の化学組成は母岩のケイ酸塩鉱物のものとほぼ同じである.粒間には上記の Fe に富む物質は含まれない(図 3).前者は高圧下でのコンドライトメルトの急冷に伴う結晶化,後者は母岩の構成鉱物の固相反応による相転移で形成されたと解釈されている[6].
 

図 3:Tenham のショックベイン中の岩片に見られるメージャライト[(Mg,Fe) SiO3 - 正方晶ガーネット]集合体の透過電子顕微鏡写真.母岩中の低 Ca 輝石の固相転移により形成された.

 

4. 高圧鉱物研究の意義

衝撃圧縮では,衝撃波が鉱物粒子間を何度も反射して圧力が平衡化するため,圧力の不均質は小さい.従って,高圧鉱物の産状を相平衡実験の結果を比較することで,それぞれの隕石の衝撃圧力に関する情報を得ることができる.例えば,ブリッジマナイトは約 22 GPa 以上の圧力で安定である.この圧力は Tenham が経験した衝撃圧の下限を示している.また,隕石母天体で生じた衝撃圧力は他の天体との相対衝突速度の関数である.この隕石の物性値を主要な構成鉱物であるカンラン石の値で近似することで衝突速度を見積もると,Tenham の母天体は約 2 km/s 以上の相対速度で他の小天体と衝突をしたと推定される.

一方,衝撃による温度上昇は極めて不均質である.特にずれ破壊による摩擦が生じやすい部分では,母岩の平均的な衝撃温度より高い温度が生じる.ショックベインが形成されるのはこのためである.Tenham のショックベイン自体の温度は,リキダス相(メルトの冷却時に最初に晶出する相)である立方晶メージャライトの安定条件から約 2000 ℃ と見積もられる.ショックベインが形成された後の冷却プロセスは,非溶融の母岩との間の熱伝導で制約される.新たにショックベイン中の岩片に発見された正方晶メージャライトの結晶構造では,6 配位サイト中の陽イオンの秩序度は,冷却速度が高いほど小さくなると考えられている.そこで,陽イオン秩序度に敏感な(101)結晶面の電子線回折強度を合成試料のものと比較することで,溶融脈の冷却速度は 103 ℃/秒をこえると見積られた[5].このように大きな冷却速度を達成するためには,衝撃圧縮による Tenham の平均的な温度上昇は約 900 ℃ を越えないことも,熱拡散の計算から明らかになった[5].

衝撃圧縮による温度発生は,衝撃前のターゲット物質の空隙率に大きく依存する.上記のように鉱物学的に推定される隕石試料の平均的な衝撃温度と,衝撃の状態方程式から理論的に得られた値を相互比較できれば,隕石の母天体を形成する物質の初期密度を知る手がかりとなるに違いない.更に個々の隕石の温度圧力履歴に加えて,アルゴンーアルゴン法などによる隕石の衝撃年代が蓄積されれば,太陽系小天体の初期物性・衝突速度・衝突頻度の時間変遷を追うことができるようになることが期待される.

前述のとおり,隕石中の高圧鉱物は地球深部ではマントル遷移層(410 - 660 km)から下部マントル(660 - 2900 km)にかけての主要鉱物でもある.惑星物質としての高圧鉱物もまた,地球深部を理解する上で重要な示唆を与えてくれる.高圧相の変形実験が一般的でなかった1980年代初めには,透過電子顕微鏡により隕石中の高圧鉱物の欠陥組織の観察が行われた.Tenham においてもリングウッダイトの転位のすべり系が決定され,マントル深部のレオロジーに関する議論が行われている[7] .また,隕石母岩の鉱物とその高圧相の共生組織や結晶方位関係は,地球深部でのケイ酸塩鉱物の相転移メカニズムを知る手掛かりともなる.Tenham では,低 Ca 輝石とその高圧相のアキモトアイトとの間に特定の結晶方位関係をもつ互層組織が発見され,その結果を元にマントルに沈み込む海洋プレート内での輝石からアキモトアイトへの無拡散型高圧相転移モデルが提案されている[8] .

最後に余談になるが,筆者は大学院生であった1990年代半ばに,指導教官に Tenham の試料を入手していただいた.アメリカの隕石ディーラーから購入した Tenham は,握りこぶし半分程度の大きさ(約 144 g)でわずか 5 万円ほどの価格であった.これだけの投資で,著者が関わった分だけでも多くの発見があった.今後も長い付き合いになりそうな隕石である.
 

謝辞

木村眞氏,野口高明氏,岡崎隆司氏には本稿執筆の機会を与えて頂き,粗稿を読んで頂きました.久保友明氏には高圧地球科学の立場から丁寧な査読をいただきました.また,Tenham 隕石の鉱物記載に関して,藤野清志氏,森寛志氏,宮原正明氏,伊藤元雄氏とは多くの議論をさせていただきました.これらの方々にこの場を借りてお礼申し上げます.
 

参考文献

[1] Spencer, L. J., 1937, Mineral. Mag. 24, 437.
[2] Binns, R. A. et al., 1969, Nature 221, 943.
[3] Smith, J. V. and Mason, B. 1970, Science 168, 832.
[4] 例えば,Gillet, P. et al., 2000, Science 287, 1633.
[5] Tomioka, N. et al., 2016, Sci. Adv. 2, e1501725.
[6] Stoffler, D., 1997, Science 278, 1576.
[7] Madon, M. and Poirier, J. P., 1980, Science 207, 66.
[8] Tomioka, N., 2007, J. Mineral. Petrol. Sci. 102, 226.

 

 

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