The Planetary Society of Japan

次世代太陽系探査

特集「広報・アウトリーチ」:地方都市に " 太陽系科学 " 旋風を巻き起こすまで

Updated : June 30, 2017 - 太陽系形成・生命起源

日本惑星科学会誌「遊星人」 Vol. 23, No.4, 2014 掲載
三島 和久:倉敷科学センター

この原稿元ファイル:[ 日本惑星科学会誌「遊・星・人」第23巻(2014)4号 - PDF ]
 

要旨

2011年10月当科学館で開催した『特別展示「はやぶさ」帰還カプセル特別公開 in 倉敷』では,4 日間で 2 万 5 千人を超える人々が殺到するという体験をした.地方科学館としてはかなりレアケースだったのではないかと思う.しかし,単純に一発的なイベントとして大当たりしたという実感はなく,数年前から徐々に浸透させてきた地域への話題発信の効果があってのことだと考えている.地方科学館での講演イベントや「はやぶさ」カプセル展の事例を窓として,どのように太陽系科学のアウトリーチ活動に貢献していきたいと考えているか,科学館学芸員の経験を踏まえてご紹介させていただきたい.

 

1. はじめに

ここ数年は「宇宙ブーム」と呼んでもいいかもしれない.とはいっても,科学施設に人が押し寄せているとかいう派手な実態はないのであるが,科学館という職場からの視点で世の中を見渡すと,宇宙に関心を持つ人が確実に増えているという実感がある.特に,子どもや高齢者だけでなく,大人の女性層にまで広がっていることは,これまでにはなかった現象だ.

ターニングポイントは2010年の小惑星探査機「はやぶさ」の地球帰還がもたらした,世界初となる小惑星からのサンプル採集の快挙であったことは間違いない.国際宇宙ステーションを舞台とした日本人宇宙飛行士たちの活躍,2012年以降は天文現象が賑やかで,25 年ぶりとなる国内金環日食,次に観測できるのが 105 年後となる金星の太陽面通過,パンスターズ彗星,アイソン彗星など注目を集める彗星の相次ぐ到来,ここ数年は宇宙に関する話題に注目が集まることが何と多かったことか.

私は,岡山県倉敷市にある倉敷科学センター(注 1) という科学館施設の天文系学芸員として21年間,プラネタリウムの解説や科学教育の推進に携わってきた.岡山県南部,瀬戸内海に面した人口 48 万人の地方都市の中規模の科学館.大都会の大規模な科学館と違いマンパワーもなく,広報力もなく,運営力も一歩も二歩も劣っている.そのような環境の中で科学イベントを推進していくには,また違った運営上の工夫や広報ノウハウが必要となる.

注 1 : ” 倉敷科学センター ”
 

2. 講演会に人が来ないシビアな現実

かつて「うちは講演会に人が集まらなくって.講演会で会場をいっぱいにするのは至難の業.満席にできるとすれば,宇宙飛行士かノーベル賞受賞者か….」と嘆いた科学館の担当者がいた.私が科学館勤務をスタートさせた 20 年前は,地方科学館の講演会で賑わいをもたらすのは難しいという認識があり,当時は私も遠からず似たような印象を持っていた.

実際,イベントの参加者集めは 50 人までなら比較的容易であるが,本当に大変なのはそこから先という現実がある.つまり,少人数なら宇宙ファンなど毎度足を運んでくれる常連の参加で達成できるのだが,それ以上となると一般層の関心をいかに引き寄せられるかの勝負となる.科学に関心を持っていない人を振り向かせるには,かなりのエネルギーが必要だ.100 名規模なら「広報をいつも以上に」と努力で突破できても,200 名以上の規模となるとその何倍の労力を掛けても報われず,担当者としてはシビアな現実と向き合わなければならない実情があった.

こうした背景もあり,講演会の集客傾向は地域の科学文化の根付きをはかるバロメータになると考えている.科学館で行う科学講演会にいかに賑わいをもたらし,定着させていくか.担当者として,講演会企画には特別な想いを持って取り組んできた.
 

3. 2006年変化を感じた「はやぶさ」講演会

開館以来 21 年間で倉敷科学センターでは 59 回の講演イベントを開催してきた.天文学を主体とした理工系科学館(倉敷市には生物学,地学分野を扱う自然史博物館もある)ということもあり,講演テーマも表 1 のように,天文・宇宙開発系を採り上げることが多い傾向がある.

表 1:倉敷科学センターでの科学講演会の実績.2006年前後より講演テーマ選びの感覚に変化が見られる.

▼ 定期科学講演会
1995.06 毛利衛の宇宙授業 宇宙開発事業団・宇宙飛行士 毛利衛
1996.02 星とともだちになろう 兵庫県立西はりま天文台長 黒田武彦
1997.02 今日から宇宙は近くなる 鹿児島大学教授 森本雅樹氏
1998.02 宇宙開発 これからの100年 宇宙科学研究所 鹿児島宇宙観測所長 的川泰宣氏
1998.09 星たちのおしゃべりをきこう - 国立天文台岡山天体物理観測所長 前原英夫氏
1999.10 しし座流星群がやってくる - 兵庫県立西はりま天文台長 黒田武彦
2000.10 守ろう地球 めざそう宇宙 - 宇宙開発事業団 菊山紀彦
2001.11 大出現か!? 2001年のしし座流星群 - 国立天文台広報普及室 渡部潤一
2002.11 地球を守る天体観測・プロとして,アマチュアとして - 日本スペースガード協会 浅見敦夫
2003.11 人類はなぜ宇宙をめざすのか - 宇宙科学研究所 的川泰宣
2004.11 宇宙への挑戦 - 日本宇宙フォーラム 寺門邦次
2005.03 岡山でみつけた!太陽系外の惑星探し - 神戸大学大学院 COE 研究員 佐藤文衛
2006.01 実験で探る宇宙の謎 - 厚木市子ども科学館 菅原賢
2006.03 小惑星イトカワに舞い降りた「はやぶさ」 - 神戸大学大学院 COE 研究員 阿部新助
2006.12 冥王星が惑星でなくなる!?~太陽系の新しい姿~ - 国立天文台情報公開センター助教授 渡部潤一
2007.03 お天気博士をめざせ!天気予報のおもしろ話 - 山陽放送キャスター,気象予報士 高畑誠
2007.10 地球と友達になろう - NHK 解説委員 室山哲也
2008.01 冥王星のその後 新しい太陽系像にせまる - 国立天文台普及室長 縣秀彦
2008.03 夢を追いかけて~私の宇宙飛行士の挑戦~ - 第4回宇宙飛行士選抜試験最終選考受験者・麻酔科医 白崎修一
2008.04 民間宇宙旅行の時代がやってくる - JTB 宇宙旅行事業推進室 田中利彦
2009.01 カムイロケット,宇宙をめざす~夢で食えるか?科学で食えるか?~ - 株式会社植松電機 専務取締役 植松努
2010.01 人に寄り添うロボットテクノロジー 筑波大学教授,CYBERDYNE 株式会社 代表取締役社長 山海嘉之
2010.02 星の町~宇宙に一番近い町の話~ NPO 法人子ども・宇宙・未来の会(KUMA)菊地涼子
2011.05 上坂浩光監督「HAYABUSA」を語る 有限会社ライブ 上坂浩光
2013.02 本田実生誕100周年記念講演会 夜空に新しい星をさがす 佐治天文台長 香西洋樹
2013.03 錯視・錯覚でさぐる脳の不思議! 生理学研究所 准教授 小泉周
▼ 開館20周年記念連続講演会(全4回)
2013.08 動き出した世界最大の電波望遠鏡・アルマ望遠鏡の全貌 国立天文台 チリ観測所 助教 平松 正顕
2013.09 太陽系小天体の魅力-ロシア隕石,小惑星そして期待のアイソン彗星- 国立天文台 副台長 渡部 潤一
2013.10 国際宇宙ステーション 宇宙飛行士のトレーニング 有人宇宙システム株式会社 有人宇宙技術部 醍醐 加奈子
2013.11 超大型望遠鏡 TMT で何がわかるか 国立天文台TMT推進室 准教授 青木 和光
▼ 国際ソロプチミスト児島認証30周年記念講演会(科学館共催企画)
2013.07 宇宙,人,夢をつなぐ 宇宙飛行士 山崎直子


開館 10 年ぐらいまでは,講演会の募集をすると「子どもでも楽しめるか?」という問い合わせが頻繁に寄せられたものである.この場合の子どもとは小学生のこと.主催側として,どうしても小学生の知的水準に合わせたテーマ選びを求めざるを得ない雰囲気があった.当時人気テーマも,基礎的な天文学のトピックやスペースシャトルでの宇宙生活といったもの.

そういった空気に変化を感じ始めたのが,2006年03月の当時神戸大学に所属していた阿部新助先生を招いての講演会であった.テーマは『小惑星イトカワに舞い降りた「はやぶさ」』.まだこの時点の「はやぶさ」は,前人未踏の小惑星タッチダウンがメディアで広く伝えられ,一般からも一目置かれる存在にはなり始めていたが,講演会場を満席にできるという状態までには至っていなかった.

図 1:阿部氏講演会の終演後の様子.会場を閉鎖しなければならない時間が迫っても質問で居残る子どもたちに,記念写真撮って帰ろうねと説得している風景.

講話の内容は,イトカワに到達した「はやぶさ」の科学的成果と小惑星タッチダウンの様子を,プロジェクトメンバーの一員として管制室からの視点で紹介したもので,ちょっと小学生にはハイレベルか?と思えるものだったが,子どもたちの目の輝きがこれまでとすこぶる違っていたことに驚かされた.

終演しても会場から立ち去ろうとせず,講師に質問したり,一緒に写真を撮ってもらったり,何らかの交流の機会を得ようと長蛇の行列ができあがっている.順番待ちの何人かの子どもに今回の講演会の感想をたずねたが,小学三年生の男の子の「細かいところはよく分からなかったけど,何かすごかった!探査機を作る研究者になりたい.」という感想が的を射ていたように思える.

小三の彼の言葉を借りると「阿部氏が担当するレーザーで「はやぶさ」着陸させようとして,一度はうまく行かなかったけど,次にちゃんと成功させたと語れるところまでやりきったところがかっこいい」と.思えば,それまでの宇宙開発の講話は,NASA の有人宇宙飛行や惑星探査をどうやさしく紹介するかという流れが本筋で,アメリカの科学者はこう言っていたとか,NASA エンジニアはこのように工夫して,このようなものを作ったといった,肝心なところの主語が常に「三人称」的であったような気がする.ところが,この時の阿部氏の講話の中に溢れていたのは「"私"は考えてこうした」,「"私たち"はこのように克服した」といった,まさに「一人称」的な流れであった.

自分の経験を語っているか,第三者の経験を語っているかでは,聴衆のアンテナ感度に差を生む.講演会の参加者は,科学者の非日常的かつ魅力的な体験を垣間見て,感動や興奮や悔しさといった感情的な感覚を講師と共有したいと感じているのではないか.しかも,そういった内容の方が,子どもにも(少なからず)通用しているようだと考え始めるようになった.

講演イベントの軸足を「知識伝達型」から「経験共有型」へ.子どもの理解力にも配慮はするが媚びない.一人称的に魅力ある体験を語れる講師を招待した講演イベントを模索し始めたのはこの頃からである.

一人称でトップサイエンスを語れる分野が日本に存在していることは,教育的刺激を演出する上で大きな価値があると思う.それを適切な形で青少年や市民と接触させることが,地域科学館,博物館の役割と強く意識するようになった.ちょうどその頃に活性化し始めていた日本の月・惑星探査は,私にとって非常に魅力的なテーマに映っていた.

もっとおおざっぱに言えば,岡山・倉敷という地方地域に太陽系科学のファンをいかに増やすかという挑戦をはじめることになったわけである.
 

4. 2007~2010年サイエンスカフェ岡山試行 ~ 女性層とメディアを味方に付けたい ~

2007年.いいタイミングで科学技術振興機構の助成を三ヵ年得てサイエンスカフェを実施する機会をいただいた.据えた目標は,魅力的なテーマを散りばめ科学イベントをセンスよく演出し,講演イベントからもっとも遠かった"女性層"を取り込むことができるか?一風変わった科学イベントが人気を呼んでいる様子を演出し,地元マスメディアから一目置かれる存在となれるか?という二点である.

企画名称は「サイエンスカフェ岡山」に決定.職場の上司からは倉敷科学センターが運営主体となっているため,「倉敷」を前面に押し出した方が,職務的に説明しやすいと奨められたが,そこは妥協せず「岡山」を強く推した.県庁所在地の岡山市のメディアにも訴えることができるかどうかは非常に重要な要素である.これは,メディアへのアピール力を強く意識した選択でもあった.

各回のテーマと招待するゲスト講師の一覧を表 2 に示す.テーマは科学に関心が薄い層の人々にも響くよう,親しみやすくわかりやすく,さまざまな分野の科学の魅力を提案できるようなラインアップしてみた.

表 2:サイエンスカフェ岡山の開催実績

▼ 定期科学講演会
第01回 2007.09 岡山でさがす、第二の地球 - 国立天文台岡山天体物理観測所 泉浦秀行
第02回 2007.09 日本の月探査機『かぐや』 飛ぶ! - 会津大学助教 寺薗淳也
第03回 2007.01 南極で過ごした16か月 - 第47次日本南極地域観測隊越冬隊隊員 山本道成
第04回 2007.12 オーロラに会いに行こう! - オーロラウォッチャー 福島円
第05回 2007.12 科学実験の魅力に触れる - 科学実験エキスパート 船田 智史
第06回 2008.01 冥王星のその後 新しい太陽系像にせまる - 国立天文台普及室長 縣秀彦
第07回 2008.02 熱気球 世界の空を行く - 熱気球パイロット 宮田浩樹
第08回 2008.03 夢を追いかけて~私の宇宙飛行士への挑戦 - 第4回宇宙飛行士選抜試験最終選考受験者,麻酔科医 白崎修一
第09回 2008.08 宇宙の中の地球 - 国立天文台理論研究部准教授 小久保英一郎
第10回 2008.09 文系人間による天文学へのアプローチ~奥様天文談義~ - ライター・天文台マダム 梅本真由美
第11回 2008.01 深海への旅~地球最後のフロンティア~ - 海洋研究開発機構極限環境生物圏研究センター 佐藤孝子
第12回 2008.12 最新有人宇宙旅行事情 - JTB宇宙旅行事業推進室室長 田中利彦
第13回 2009.01 星空に会いに行く - 星景写真家 武井伸吾
第14回 2009.02 夢で食えるか?科学で食えるか? - 株式会社植松電機 専務取締役 植松努
第15回 2009.11 黒い太陽を撮る!! ~皆既日食の魅力~ - 株式会社ホットスター・天体映像撮影家 唐崎健嗣
第16回 2009.12 宇宙(そと)に出てはじめてわかる地球(うち)のこと - JAXA宇宙科学研究本部教授 阪本成一
第17回 2010.01 人に寄り添うロボットテクノロジー - 筑波大学大学院 教授/ CYBERDYNE株式会社代表取締役社長 山海嘉之
第18回 2010.01 知ってるようで知らない、おひさまの素顔 - 国立天文台野辺山太陽電波観測所助教 下条圭美
第19回 2010.02『星の街』~宇宙に一番近い町の話 - NPO法人子ども・宇宙・未来の会(KU-MA) 菊地涼子
第20回 2010.02 天気予報の読み解き方 - 山陽放送気象キャスター 高畑誠
番外編 2010.12 はやぶさ感謝祭!~なぜここまで愛されたのか?~ - 会津大学先端情報科学研究センター助教 寺薗淳也


例えば第 7 回のバルーンパイロットによる競技気球の飛ばし方講座.一見,スカイスポーツのお話と思えるが,気球のコントロールは風を読む要素が非常に大きく,高度によって複雑に変わる風向きを味方に付ける巧みさは,まさに科学そのもの.風を読む科学的な知識と思考力を持ち合わせていなければ,命の安全を図れないとのこと.第 12 回の有人宇宙旅行をテーマとした講座は,大手旅行会社の宇宙旅行担当営業マンをゲスト講師に招き,契約書の原本を目の前で示しながら最新宇宙旅行事情のリアルな実情が紹介された.さまざまな視点で科学の重要性や魅力を垣間見させてくれるのであれば,ゲスト講師は科学者だけに限らないというのがこだわりだ.

2007年から2010年までに実施したサイエンスカフェは番外編も含めて全 21 回.倉敷市と岡山市の女性層から高い支持を集めていそうなカフェ店舗をチョイスして貸し切りの交渉.大いに手間はかかってしまうのだが,毎回カフェ店舗を変えることで,単調になりがちな科学イベントに”毎回違ったカフェを楽しむ”という魅力を与えようと努めた.

カフェ店舗と交渉を進めていく中で,こうした趣旨の科学イベントに好感を持っていただける店舗は多く,貸し切り交渉は当初想像していたよりスムーズに進めることができた.岡山を代表する有名カフェ,レストランをはじめ,アートギャラリーを開放した会場,イングリッシュガーデンのながめが美しい会場,大正期の歴史的建造物でもある旧日本銀行岡山支店を改装したホール空間,いかにも倉敷らしい風情が漂う築 120 年の商家の米蔵を改装した和の格調高い登録有形文化財カフェなど,会場のバリエ-ションもかなり豊かにできたと思っている.サイエンスカフェ岡山の活動記録は Web(注2) で公開しているのでご参照いただきたい.

注 2:” サイエンスカフェ岡山 ”
 

図 2:科学イベント人気を伝える新聞記事.(山陽新聞2009年01月09日)

毎回,カフェ店舗を変えたことはかなりの負担となったが,カフェ常連を中心とした口コミ効果でこれまで科学イベントに関心が薄かった層を呼び込む力となったほか,地域の有名飲食店は地元メディアともつながりが深かったりするもので,雑誌のライターをはじめ,新聞,テレビの記者の方から関心を寄せてもらうきっかけとなり,後のメディア広報の取り組みに大きな弾みをつけるものとなった.

このような形で行われたサイエンスカフェ岡山は全回で満席.参加者の7割以上を女性が占め,当初の目標としていた女性層の獲得も達成することができた.カフェで科学イベントを行うという試みは岡山ではまだ珍しく,しかも,科学に縁のなかった女性層が大勢参加しているらしいということになるとニュースバリューも十分で,マスメディアの取材数も順調に伸ばしていくことができた.

一方,ゲスト講師の岡山滞在が許され協力が得られる範囲で,テレビやラジオ番組への出演提案を積極的に行った.一般に伝わりやすいテーマ選びをした甲斐があってか,メディアにとっても魅力ある内容だと認めていただき,全体で約20件の番組出演やインタビューの機会を得た.

サイエンスカフェ岡山が実施された三年間は,科学の話題の発信という意味で,かなり充実した期間となった.岡山のメディア関係者との人脈を広げ信頼関係を築けたことは,地元への科学情報の発信源でありたいと願う地域科学館にとって,今でもとても貴重な財産となっている.その波及効果もあってか,このころの科学館の講演会は 200 人の定員に対して満員に近い参加者数を常に記録できるまでになっていた.

サイエンスカフェ岡山で太陽系科学の分野を扱ったのは第 2, 6, 9, 16 回,および番外編の計 5 回.参加者アンケートの回答結果も良好で,"また扱って欲しいテーマ"としても太陽系科学は筆頭に上がっている.太陽系科学の人気が地域社会に定着し始めている手応えを感じ始めていた.特にあるラジオ局のディレクタは「日本の探査機のお話しならリスナーはもれなく興味を持ってくれると思う.また探査機の先生が岡山にいらっしゃるなら,ぜひ.」と逆提案を受けたことも加えさせていただく.
 

5. 2010~2011年, 機が熟したタイミングで「はやぶさ」地球帰還

2010年09月に JAXA より発表された「はやぶさ」カプセルの展示協力機関の公募は,当科学館の歴史において,これまでにない大きな転機となるものだった.

倉敷市として応募するにあたり,市長と教育委員会から「教育的にも有意義な催しとして成功させる.来場者数 2 万人を目指す」という目標が示された.結果,11年03月までの公開施設の選考には漏れたが,続く選考で11年10月下旬の公開施設として倉敷科学センターが選定された.全国で 55 箇所目の会場となるため,思い描いていた人気沸騰中の開催というビジョンは叶いそうもなく,目標に課せられた 2 万人という数字が重くのしかかる内容にはなったが,逆に 9 カ月の長期的な広報戦略を展開できる余裕が生まれたことは,科学館にとっては幸いなことだった.

目標達成のためにカプセル展に向けて,次のような企画を打ち出すこととなった.

(1) 「はやぶさ」ゆかりの科学者を招いた「はやぶさ」連続講演会の開催.
(2) プラネタリウム映像作品「HAYABUSA- BACK TO THE EARTH-(以下「HAYABUSA」)」上映.
(3) カプセル展と平行して「はやぶさ」企画展を同時開催.
(4) 愛知県武豊町で製作された実物大模型を借用し施設ロビーに展示

ほぼ,科学館の九ヶ月が「はやぶさ」に染まることを意味しているが,肝心なのはこの4本柱の企画を完遂させることではないと考えていた.地方都市で 2 万人を集める科学イベントを成功させるのは容易なことではない.目的はあくまでもメディア,市民に話題性を喚起するための,長期的かつ継続的な情報発信.4 企画を足がかりとして,メディアに一目置かれ,太陽系科学ファンを一人でも多く増やせるかどうかが鍵となるはずだ.


上画像左):開幕を直前に控えた帰還カプセル展示会場.右):「はやぶさ」帰還カプセル倉敷会場.


上画像左):地元マスメディアの全社の取材陣に囲まれる.右):「はやぶさ」実物大模型は会場のシンボル的存在.


上画像左):順番を待つ行列は、施設内を一周し外まで続く.右):企画展会場も混雑で大混乱.


上画像左):グッズ、ファンアートの展示コーナーも人気.右):帰還カプセルに匹敵するくらい価値があったと言ってもらえた企画展.
 

5 - 1. 驚異的な人気を集めた「はやぶさ」連続講演会

「はやぶさ」や太陽系科学をよりよく興味を深めてもらうために,2010年12月から2011年11月に渡り,計 7 回川口淳一郎先生を始め 7 名の先生方による連続講演会を開催した.ビッグネーム 7 名の連続講演会はネットやメディアを通して人気が沸騰し,各回満席の盛況ぶり.岡山県内に止まらず,遠く東京や九州からの参加者もいたほどだ.

特に驚いたのが,09月に予定されていた西山和孝先生の講演会が,台風直撃の影響で11月の順延になった際,参加者一人一人に電話をして順延日に参加する意思を確認していったのだが,ほとんど 100 % が参加の意思を示した.「はやぶさ」の人気の驚異的な高さを改めて思い知らされた一幕であった.

うれしいことに,7 名の先生方の刺激的な講話の数々に影響を受けた子どもたちが,今も科学館の講演会に大勢参加してくれている.その子どもたちが現在,進路の時期に差し掛かり宇宙科学の分野を目指したいと言ってくれている.次世代に向かってまかれた種は,着実に育っているようである.

5 - 2. 科学館内の目に付くところにカプセル展広報を

科学館の正面入り口にはカプセル展の予告にも触れた巨大看板,カプセル展の開催日時が確定した後は,「あと○○日」というカウントダウンを設置したほか,全国のプラネタリウム作品で大ヒットを記録した作品「HAYABUSA」は当館でも大きな反響を呼び,「はやぶさ」への理解を促し,人々にカプセル展への期待を植え付けるという役割を十分に果たしてくれた.

なお,「HAYABUSA」終演後の演出として,連続講演会講師として川口淳一郎先生が来館の際に収録させていただいた「10月下旬のカプセル展にご期待ください」という映像メッセージを流すサプライズ演出を行った.「HAYABUSA」と観て感動で心が温まったところに,川口先生による倉敷でのカプセル展開催予告と見どころの紹介.やってみると,これがなかなか印象的で効果のあるものだった.

5 - 3. 地域からも反応が出始めた

地元の水島ロータリークラブより,地域の青少年をプラネタリウム番組「HAYABUSA」に無料招待したいという申し出があり,特別鑑賞会が 2 回催された.地域からのこういった反響はこれまでなかったものだ.

一方,水島工業地帯の自動車製作に必要な木型を手掛ける企業からは,帰還カプセルの実物大模型を寄贈したいという提案もいただいた.寄贈された模型は表面がそれらしく板金塗装され,見た目に大変美しいものだったので,その後に催された「はやぶさ」企画展でも大いに活用させていただいた.

「はやぶさ」を盛り上げるために地域の力を借りることができたことは,広報の効果が浸透してきた証ともいえる大きな前進であった.

5 - 4. カプセル展会場を格調高く演出したい

倉敷は全国で 55 番目の会場で順番としてはかなり後ろとなるため,先に実施される会場を何カ所か視察させてもらったが,カプセルを展示する会場づくりにおいて,照明や床材の違いは見た目の印象を大きく変え,来場者への影響力を考えると侮ってはならない重要な要素という認識を持った.

カプセルの保護の上で照明は熱放射がない光源が適当とのこと.しかし,多くの会場でポピュラーだった蛍光灯下のカプセルはいささか地味な印象.もったいない.価値あるものを見てもらうのであれば,なおさら見た目の演出は重要.恐らくカプセルを見学しに来る人々の一生の記憶に残る機会であることを思えば,可能な限り展示会場やカプセルは美術館並みの高い格調に演出できないかと考えるようになった.

ところが,当科学館の特別展示室に設置されている照明はダイクロハロゲン電球で NG.ギャラリー仕様の設計も施されていない.ここは手間と出費を惜しむことはやめて,すべての照明を高演色 LED に変える決断をし,手作業による大改装ではあったが床面も赤い不織布を大量調達して敷き詰め,美しい展示空間づくりを目指した.

5 - 5. カプセル展会場にインパクトあるアイキャッチを

展示という企画をする上で,アイキャッチになる要素の存在は重要だ.携帯端末で撮影された会場写真がネット上で拡散する現代においては,広報上の観点からも無視できない.特に今回,目玉となる「はやぶさ」カプセルは撮影が禁止されているため,それを補うインパクトのあるアイキャッチ要素をぜひとも会場に求めたかった.ちょうどそのころ愛知県武豊町で「はやぶさ」実物大模型が製作されたという話を聞き,借用の交渉をはじめることができたのは幸運なことだった.

全長 6 m の手作り製作でありながら見た目の完成度が非常に高い模型で,施設ロビーの大空間に据えてもインパクトは十分すぎるほど.会場に入った瞬間の「わぁ!」というわくわく感を演出することができた.特に子どもが喜んだ.カプセル展を訪れた来場者の記念写真,報道のインタビュー撮りの定番スポットとしても広くネットやメディアにも露出し,倉敷でのカプセル展開催を象徴するアイキャッチとしての役割を十分に果たしてくれた.

5 - 6. 平行開催の「はやぶさ」企画展は予算の都合で手作り

 『60 億キロ宇宙の旅』と題した「はやぶさ」企画展は,予算の都合で業者に委託することができず,科学館職員の自らの手で作り上げるしかなかったが,宇宙科学研究所より「はやぶさ」模型やゆかりの資料を提供いただいたほか,特別に搭載イオンエンジン「μ 10」の地上耐久試験モデルの展示が叶うなど,地方科学館の企画展として充実した体裁を整えることができた.國中先生をはじめ,研究室のみなさまのご配慮には,感謝を重ねても感謝し切れない.手元の貴重な資料を大量に提供いただいた寺薗先生にも厚くお礼申し上げたい.

この他,ネットを通して協力を申し出ていただいた宇宙ファンのみなさんより,模型やグッズ,イラストなどを提供いただけたため,バリエーションに富んだ展示づくりに大いに役立った.このほか,かなりの負担ではあったが,科学館でも 50 枚を越える解説パネルを自主製作している.

倉敷市内の学校と近隣地域に配布したチラシは 12 万枚.Web サイトの公開,この他にもマスメディアには段階的にカプセル展の取材要領を通知し,カプセル展当日を迎えることとなる.
 

6. 2011年10月「はやぶさ」カプセル展を終えて

かくして,小惑星探査機「はやぶさ」帰還カプセル特別公開 in 倉敷と題し,2011年10月27日(木)~30日(日)の 4 日間に渡り開催された.直前のリサーチでは,1 万人前後の動員数の会場がほとんどで,倉敷で目標とされていた2万人に届く見込みはほとんどないと見ていたのだが,予想を大幅に超える人々が押し寄せ,終わってみれば 2 万 5 千人を超える結果となっていた.特に,混雑は土日に集中,企画展会場,カプセル展会場は最長 2 時間を越える待ち時間が発生していた.

図 4:2011年10月に実施されたはやぶさ帰還カプセル展示を伝える新聞記事.開催期間前後は,ほぼ全社の紙面をこの話題が賑わせた.(山陽新聞2011年11月8日)

会場の混乱ぶりはすさまじいものでここでは語らないが,2 万 5 千人という数字は JAXA が一般公募した会場としては10年11月の広島県呉市に次ぐ 2 番目の動員数で,呉市での開催が小惑星由来の粒子が確認された発表時期と重なり,マスメディアが競うようにカプセル展を紹介していた背景を思えば,55 番目という遅い時期の倉敷会場に,これだけ多くの来場者が集まってくれたことに担当として大きな感動を覚えた.

今回の一連の取り組みを通じて,岡山,倉敷の地に太陽系科学の人気が根付いた確かな手応えを感じることができた.科学者と連携したアウトリーチを考えていく上で,地方科学館が最も期待されるものとしては,科学者のよき理解者でありサポート役として,地域の市民との橋渡しをするために,適切かつ効果的に両者を接触させるノウハウや環境を整える能力を発揮できるかどうかということだと思っている.そのためには,科学館施設が地域独特の個性や人脈に精通し,市民や施設利用者,メディア関係者などとの確かな信頼関係が構築できていることが不可欠だ.

倉敷での「はやぶさ」カプセル展は,これらの歯車がたまたまうまくかみ合った時期に実施できた幸運な例だったのかもしれない.まだまだ手探りではあるが,地域に科学の文化の根を定着させていくために,倉敷科学センターなりのやり方を見つけていく努力を続けていきたいと思う.

最後にもう一つ.科学者のアウトリーチ活動と地方科学館の地元に科学を根付かせる活動は目的としては概ね一致しているが,一生懸命になればなるほどその恩恵の行き先がどちらか一方に偏ったりする.何でもやればいいというものではない.科学教育を推進するために継続は力となるが,一方的では継続は望めず,歩み寄り方を間違えると無駄や不幸な結果を呼ぶ.そのためにも,科学者として何を提供できて,何ができないのか.科学館としても何が提供できて,何が期待に添えないのか.両者にとってよりよいギブアンドテイクの関係を築けるか,十分に理解し合うことが非常に重要だ.

科学館が科学者のみなさんに負担を掛けることがあるかもしれない.まだまだ科学館が未成熟で失望させてしまうこともあるかもしれない.同じ科学教育の担い手として,地域の科学文化や科学館を育てていくという面でもご理解をいただきたいのである.

 

 

CATEGORY: 次世代太陽系探査

... ...

Creating a better future by exploring other worlds and understanding our own.