はやぶさ2拡張ミッション

火の鳥「はやぶさ」未来編 その 25

原文 - 日本惑星科学会誌「遊・星・人」第30巻(2021)4号 - PDF

嶌生 有理1,はやぶさ2拡張ミッションチーム
1.宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所
 

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(要旨)2020年12月に小惑星リュウグウの試料を地球に届けた小惑星探査機はやぶさ2は,次なる目的地に向けて出発した.新たな目標天体は高速自転小型小惑星 1998 KY26 であり,2031年にランデブー予定である.巡航中は,黄道光観測や系外惑星観測,小惑星 2001 CC21 のフライバイ観測,地球スイングバイ時の月・地球観測などを行い,段階的に理学成果を創出する計画となっている.本稿では,はやぶさ2拡張ミッションの概要と観測項目,期待される科学成果について紹介する.
 

1. はじめに

2020年12月06日,小惑星探査機はやぶさ2は小惑星リュウグウの試料を封入したサンプルリターンカプセル(SRC)をオーストラリアのウーメラ砂漠に帰還させ,次なる目的地に向けて出発した.SRC の帰還運用および現地回収の様子は,現地回収部隊長の報告記事を参照されたい [1].

拡張ミッションの候補天体探索は,第 2 回タッチダウン運用を完遂した2019 年夏頃から実施され,SRC 帰還後のイオンエンジン運転と惑星スイングバイを利用して到達可能な天体が探索された.地球軌道を通過する小惑星と彗星 18,002 天体の中から,残燃料での増速量 1.7 km/s 以下でフライバイもしくはランデブー探査が可能な天体を探索した結果,354 天体が発見された.これらの候補天体について,さらに運用成立性と科学的価値の観点で絞り込みが実施され,理学側の候補天体調査チームによって候補天体の直径,アルベド,自転速度,小惑星スペクトル型,今後の地上観測可能性などが調査された.筆者も調査チームに参加したのだが,ほとんどの候補天体の推定直径は 300 m 以下であり,アルベドやスペクトル型などの物理情報は限定的であった(例外の候補はイトカワとリュウグウであった).多数の小さな小惑星の中で,サンプルリターン機能を失ったはやぶさ2であってもリモセン観測のみで有意な科学成果が期待できる天体として,探査未踏天体である高速自転小型小惑星が注目された.工学的成立性と理学的価値を検討した結果,金星スイングバイを経由して2030年に小惑星 2001 AV43 にランデブーする EVEEA シナリオ(E:地球,V:金星,A:小惑星)と,小惑星 2001 CC21 フライバイを経由して2031年に小惑星 1998 KY26 にランデブーする EAEEA シナリオが選定された.2020年09月,探査機の熱解析を含む詳細検討の結果を受けて,太陽距離の設計前提からの逸脱が小さい EAEEA シナリオが選択された.
 

2. 拡張ミッションの意義

はやぶさ2拡張ミッションは,はやぶさ2ミッションの理学意義および工学意義のもとで太陽系マルチフライバイによる長期航行技術を確立し,高速自転小型小惑星へのランデブーを目指すミッションである.はやぶさ2拡張ミッションの意義は,(1) 太陽系長期航行技術の進展,(2) 高速自転小型小惑星探査の実現,(3) Planetary Defense に資する科学と技術の獲得である(図 1).順に見ていこう.
 

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図 1:はやぶさ2拡張ミッション概要
画像クレジット: JAXA; 1998 KY26 Auburn University, JAXA/JSPS
 

はやぶさ2の設計寿命は 7 年であり,これは2014年の打ち上げから2020年の帰還まででほぼ完了している.はやぶさ2拡張ミッションでは,設計寿命後さらに 10 年をかけて,高速自転小型小惑星にランデブーする.探査機は過酷な宇宙環境で経年劣化していくが,実運用において性能限界を知ることは工学的に重要な知見となる.また,地球帰還までのミッションでの工学成果を踏まえて,より自在な,より遠方への探査を目指す上で必要となる運用技術を獲得する機会となる.これらは,低消費燃料での長時間運用や探査機システムの超長期維持技術,イオンエンジンの運用技術の実践と長期性能取得,イオンエンジンと組み合わせた太陽系マルチフライバイ航行技術などである.一方,理学としては,長期間巡航中の黄道光や系外惑星の観測,小惑星フライバイ観測,地球スイングバイ時の月・地球観測を行うことで,目標天体へのランデブーに至るまでの期間も科学成果を積み上げていく.

直径 100 m 未満の高速自転小型小惑星は,これまでに探査されたことがない前人未到の天体である.自転周期が約 2.3 時間以下である小惑星の大半は直径 100 m 以下であることが知られている [2].これは,高速自転小型小惑星の赤道域では重力よりも遠心力が卓越するため,重力で束縛されたラブルパイル天体ではなく,一枚岩天体であるためと考えられている.一方,適度な内部固着力があれば,高速自転小型小惑星がラブルパイル天体である可能性も指摘されている [3].高速自転はリュウグウのコマ型形状の形成過程 [4, 5] とも関連しており,はやぶさ2のリュウグウ探査で提起された高速自転と天体構造の関係との比較によって,リュウグウで得られた科学的知見をさらに深められると期待される.工学的には,小惑星の赤道表面では重力よりも遠心力が卓越するためターゲットマーカー(TM)が設置できないなど,特殊な力学環境へのアプローチから新たな小惑星探査技術の獲得が期待されている.

Planetary Defense とは,小惑星や彗星の地球衝突問題を扱う活動であり,スペースガードとも呼ばれる.地球との最小交差距離が 0.05 au 以下で絶対等級が 22 等以下(直径約 100 m 以上)の天体は,地球への衝突によって大きな被害を及ぼす可能性のある天体として潜在的に危険な小惑星(Potentially Hazardous Asteroid: PHA)と呼ばれる.近年では1908年のツングースカ大爆発(直径 60-100 m)や2013年のチェリャビンスク隕石(直径約 20 m)の衝撃波による人的被害が報告されている.天体の地球衝突問題について, 国連に International Asteroid Warning Network(IAWN)と Space Mission Planning Advisory Group(SMPAG)が,NASA に Planetary Defense Coordination Office(PDCO)が,ESA に Near-Earth Object Coordination Centre(NEOCC)が設置され,本問題を多角的な方面から議論する国際会議 Planetary Defense Conference(PDC)が二年毎に開催されるなど,理工学を超えた分野での関心が高まっている.はやぶさ2拡張ミッションでは,地球への衝突で地域的な被害を引き起こしうる直径数 10 m の小惑星の素性を解明すると同時に,こうした小天体近傍での探査技術を磨くことで,Planetary Defense に資する技術と知見を得ることを目指している.

はやぶさ2拡張ミッションの期間は探査機の設計寿命を超えていることから,ミッション途中で運用継続不能となることも考えられる.そこで,上記の理工学意義を段階的に達成するため,ミッションの各段階で様々な観測が計画されている.
 

3. 長期間巡航(2021-2026年)

EAEEA シナリオでは,探査機は2020年の地球帰還後,2027年の地球スイングバイまで金星軌道と地球軌道の間を6周半巡航する.この期間は,イオンエンジン運転による軌道制御などの他に,理学観測として観測機器校正データの取得と光学航法望遠カメラ ONC-T による黄道光および系外惑星の観測を実施する.黄道光とは,惑星間空間に漂う 0.1-100 μm のダスト( 惑星間塵)による太陽光の散乱光であり,太陽からの距離に応じた惑星間塵の密度分布を反映する.探査機は2031年までに約 0.7-1.5 au までの太陽距離を巡航する予定であるため,地球から離れた複数地点で黄道光観測を行い,地球近傍の惑星間塵の密度や構造を明らかにすることで,惑星間空間における物質の生成および輸送メカニズムに制約を与えることを目指している.系外惑星観測では,明るい星の観測に適した小口径の ONC-T を用いたトランジット法( 惑星が主星の前を通過する際の減光から惑星の大きさと距離を求める手法)によって,日本の宇宙機による系外惑星の初検出を試みる.
 

4. 小惑星 2001 CC21 フライバイ(2026年)

小惑星 2001 CC21 はライトカーブ観測から細長い形状が示唆されている直径約 700 m,自転周期約 5 時間の地球近傍小惑星であり,探査機が訪れたことのない L 型小惑星の可能性がある [6].はやぶさ2は相対速度約 5 km/s で小惑星 2001 CC21 をフライバイする.フライバイ観測の利点は,地上観測では空間分解できない小惑星の表面地形を知ることができる点にある.小惑星から比較的遠距離(> 3,000 km)では,点光源としての小惑星を ONC-T の 7 バンド観測と近赤外分光計 NIRS3 による分光観測を行い,絶対反射率を決定する.NIRS3 では,2001 CC21 の地上観測で示唆されている 2.0 μm の吸収(CAI に関連する Fe を含むスピネル [7])および 2.7 μm の水和化合物の存在を検出することが期待される.最接近時は,探査機の姿勢制御による小惑星追尾は最小限として,最接近距離を約 100 km(ONC-T で約 70 pixel,熱赤外カメラ TIR で約 10 pixel)とする観測が検討されている.探査機は小惑星に対して反太陽側を通過して低位相角での地形観測を行い,全球形状観測や岩塊・クレーター分布観測から,表面年代の推定などが期待される.TIR は,ONC-T では撮像できない小惑星の夜面を撮像するとともに,空間分解された熱画像から熱物性分布や自転方向推定が期待される.レーザー高度計 LIDAR は,有効動作距離が約 30 km 以下であり観測周波数も最大 1 Hz であるため,小惑星フライバイでの観測は実施しない.
 

5. 地球スイングバイ(2027年,2028年)

地球スイングバイでは,巡航時には取得できない観測機器の校正データの取得および科学観測が実施可能である.地球スイングバイは2027年と2028年の 2 回実施するが,探査機の指向方向制約のため,2028年のみ地球・月観測の実施を予定している.2020年の地球スイングバイ時と同様に,ONC,NIRS3,および TIR によるスイングバイ後の 1 日毎の地球・月観測と,LIDAR による探査機-地球間の光リンク試験が検討されている.
 

6. 小惑星1998K Y26ランデブー(2031年)

小惑星 1998 KY26 は EAEEA シナリオの目標天体で,自転周期が 10.7 分,有効直径が 20-40 m の比較的球形状をした高速自転小型小惑星である.小惑星 1998 KY26 はリュウグウと比較して自転周期が約 1/43,直径が約 1/30 であり,はやぶさ2の太陽電池パドル展開幅 6 m と比較するとその小ささがよくわかる(図 2).地上望遠鏡による光学およびレーダー観測から,小惑星 1998 KY26 の表面は暗く,小惑星スペクトル型では(B, C, F, G, D, P)型の可能性があり,表面バルク密度は 2,800 kg/m3,表面粗さは 1-10 cm と推定されている [8].天体形状と自転周期から,天体中心の最小固着力は約 20 Pa であると推定されている [3].小惑星 1998 KY26 へのランデブー後は,リュウグウ近傍観測と同様に,高度 1 km 程度のホームポジションからの全球観測を基本として,降下運用などの特殊運用も検討されている.理学観測としては,ONC-T による地形観測のほか,ONC-T の 7 バンド観測および NIRS3 による分光観測,TIR による熱物性および表面構造(ラフネス)観測,LIDAR による重力計測とダスト検出,天体軌道および熱物性観測による Yarkovsky 効果および YORP 効果の検出等が検討されている.探査機には 1 発のサンプラー弾丸と 1 個の TM が残されている.サンプラー弾丸(タンタル製 5 g 弾丸,約 300 m/s)が赤道表面の岩塊に衝突すれば,放出されたイジェクタは再堆積することなく遠心力によって飛散し,直径数 cm~数 10 cm 程度の強度支配クレータの観察から岩塊の強度情報を得ることが期待される.表面付近で化学推進系スラスタ RCS による急上昇を行えば,リュウグウでのタッチダウン後の上昇時のように粒子が舞い上がり,小惑星の質量損失を観察できるかもしれない.詳細な近傍運用観測は,今後はやぶさ2拡張ミッションチームによって議論される予定である.
 

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図 2:はやぶさ2と 1998 KY26
画像クレジット: Auburn University, JAXA/JSPS
 

7. おわりに

2021年10月現在,はやぶさ2は次の目標天体へと向けてイオンエンジンを運転しながら航行中であり,その累積増速量は 400 m/s を超えた [9].一方,徐々にではあるが,探査機の性能低下も確認されてきた.2021年04月,分離カメラ DCAM3 やモニタカメラ CAM-H を司る分離カメラ制御部 CAM-C の永久故障が確認された.また,化学推進系スラスタ噴射部を保温するヒータでも一部故障が発生している(バックアップ手段により回復済み).幸いにも目標天体とのランデブーは達成可能の見込みであるが,躍動的なタッチダウンの様子を撮像した CAM-H が使用不能となり,寂しい限りである.目標天体到達まで,探査機が健全であることを祈念したい.

はやぶさ2拡張ミッションと並行として,はやぶさ2ヘリテージを活かした2030 年代の次世代小天体サンプルリターン探査も検討されている.はやぶさ初号機の基本設計を受け継いだはやぶさ2とは異なり,新たに設計する親機・子機構成の探査機システムのよる始原的天体探査を目指している.こちらは目標天体到達見込みが2030年代後半のため,興味がある若手の方は,ぜひ積極的にご参加いただきたい.
 

参考文献

[1] 中澤暁ほか, 2021, 遊星人 30, 18.
[2] Hergenrother, C. W. and Whiteley, R. J., 2011, Icarus 214, 194.
[3] Hirabayashi, M. et al., 2021, Advances in Space Research 68, 1533.
[4] Watanabe, S. et al., 2019, Science 364, 268.
[5] Sugiura, K. et al., 2021, Icarus 365, 114505.
[6] Binzel, R. P. et al., 2004, Meteor. Planet. Sci. 39, 351.
[7] Sunshine, J. M. et al., 2008, Science 320, 514.
[8] Ostro, S. J. et al., 1999, Science 285, 557.
[9] https://www.hayabusa2.jaxa.jp/
 



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Akira IMOTO

Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan

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