リュウグウ帰還試料のキュレーション

火の鳥「はやぶさ」未来編 その 26

原文 - 日本惑星科学会誌「遊・星・人」第31巻(2022)2号 - PDF

矢田 達1, 安部 正真1, 岡田 達明1, 中藤 亜衣子1, 与賀田 佳澄1, 宮﨑 明子1, 西村 征洋1, 坂本 佳奈子1, 畠田 健太朗2, 熊谷 和也2, 古屋 静萌1, 3, 岩前 絢子2, 4, 吉武 美和1, 5, 人見 勇矢2, 副島 広道2, 長島 加奈1, 金丸 礼1, 山本 大貴1, 6, 林 佑1, 深井 稜汰1, 管原 春菜1,鈴木 志野1,橘 省吾1, 3, 臼井 寛裕1, 圦本 尚義1, 7, 藤本 正樹1, 6, 澤田 弘崇1, 岡崎 隆司8, 高野 淑識9, 三浦 弥生10,矢野 創1, Trevor Ireland11,杉田 精司12, 長 勇一郎12, 湯本 航生12, 矢部 佑奈12, 森 晶輝12, Jean-Pierre Bibring13, Cedric Pilorget13, Rosario Brunetto13, Lucie Riu1, 13, Damian Loizeau13, Lionel Lourit13, Vincent Hamm13, 中澤 暁1, 田中 智1, 佐伯 孝尚1, 吉川 真1, 渡邊 誠一郎14, 津田 雄一1
1.宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所, 2.(株)マリン・ワーク・ジャパン, 3.東京大学宇宙惑星科学機構, 4.東洋大学, 5.特許庁, 6.東京工業大学地球生命研究所, 7.北海道大学大学院理学研究院, 8.九州大学大学院理学研究院, 9.海洋研究開発機構, 10.東京大学地震研究所, 11.オーストラリアクィーンズランド大学, 12.東京大学大学院理学系研究科, 13.フランス宇宙天体物理学研究所, 14.名古屋大学大学院環境学研究科
 

この遊星人記事は、日本惑星科学会遊星人編集専門委員会より許可を得て掲載しております。また、お読み頂いたあとは感想等をお送り頂くと、主著者・編集者共に非常に喜びます。下段のフォームから。
 



(抄録)2020年12月06日に小惑星探査機「はやぶさ2」は C 型小惑星リュウグウ表層物質を収めた再突入カプセルを地球に帰還させた.回収された再突入カプセルに収められた試料コンテナは,オーストラリア現地でのガス採取を実施した後,JAXA 相模原キャンパスの惑星物質試料受入設備に搬入され,チェンバー導入前の部品取り外し・洗浄等のプロセスを経てクリーンチェンバー内で真空中での開封・高純度窒素環境下での帰還試料の取り出し・初期記載が行われた.これらのリュウグウ帰還試料の初期記載の結果,これまでに回収されたどの隕石よりも反射率が低く,全体密度が小さい事が判明した.また,赤外反射スペクトルの吸収特性から水酸基を含む含水鉱物と炭酸塩鉱物,及び CH 結合に富む有機物が試料中に含まれることが明らかになった.これらの情報を既知の隕石と比較すると,CI コンドライト隕石に最も似ていると言える.また探査機搭載機器によって得られた可視・近赤外スペクトルと比較した結果,帰還試料はリュウグウ表層全体を代表している事が分かった.取り出された試料の一部は既に初期分析チーム,二次キュレーションチーム,NASA へ配分され,更に国際公募研究による配布が予定されている.本稿では一連の試料取り扱いプロセス・初期記載内容について述べる.
 

1. はじめに - サンプルリターンミッションとキュレーションの意義 -

本稿では,本誌の『火の鳥「はやぶさ」未来編』の連載で「はやぶさ2」メインミッションのトリを飾る,リュウグウ帰還試料の受け入れ・記載について,報告させて頂く.ご存じの通り,2014年12月に打ち上げられた小惑星探査機「はやぶさ2」は,目標天体の地球近傍 C 型小惑星 162173 リュウグウにおける近傍観測・試料採集を行い,2020年12月06日オーストラリアに小惑星試料を収めた再突入カプセルを帰還させた [1-3].

「はやぶさ2」のようなサンプルリターンミッションが他のミッションと大きく異なる点は,リモートセンシング観測を行った探査対象天体から実際に試料を持ち帰る所にある.リモートセンシング探査で知り得るのは,探査機を打ち上げた時点での技術レベルで開発された観測機器で,対象天体近傍での限られた時間で行った観測で得られたデータとなるが,サンプルリターンミッションでは帰還した試料を将来にわたって繰り返し分析することが出来る.例えば,遠い将来,画期的な分析技術の躍進があった場合,再び帰還試料をその技術を用いて分析する事により,新たな科学的成果を創出する事が可能である.前例としてはアポロ11~17号が1969年~1972年に月から持ち帰った試料から,半世紀経った今でも新たな研究成果が生み出されている [例えば 4].サンプルリターンミッションは長期間にわたって科学的成果を創出し続ける,非常に息の長い探査であると言えよう.また,地球に落下する隕石と小惑星の望遠鏡観測による可視・近赤外スペクトルを比較して,それぞれの隕石の母天体と小惑星のスペクトルタイプとを関連付ける為の研究がなされてきたが [5],この研究の実証の為には実際の小惑星の試料を持ち帰って隕石と比較するのが一番の早道である.サンプルリターンミッションは,地質学者が地球の成り立ちを知る為に地質図を作る様に,人類が太陽系の成り立ちを知る為に太陽系全体の地質図を完成させるのに欠くことの出来ない探査である.この人類の宝とも言うべきサンプルリターンミッションによる帰還試料を受け入れ,科学的価値を損なう事無く取り扱い,タイムリーに研究供与することで新たな惑星物質科学成果の創出をもたらし,将来にわたって適切に保管・管理する業務が,帰還試料キュレーションである.

以下,本稿では「はやぶさ2」帰還試料キュレーションについて,その試料帰還前の準備から実際の帰還後の試料処理過程,試料の初期記載の成果を概観する.
 

2. 帰還前の準備

本誌『火の鳥「はやぶさ」未来編』連載その 14 [6] 及びその 20 [7] でも触れているとおり,宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所地球外物質研究グループ(Astromaterials Science Research Group, 以後 ASRG)では,2015年より「はやぶさ2」帰還試料受入設備仕様検討委員会を立ち上げて,設備仕様検討を進め,2016年からクリーンルーム新設工事に着手し,並行して「はやぶさ2」帰還試料専用のクリーンチェンバー(以下 CC と略す)の設計・製造・設置を進めた.2018年の新設クリーンルームへの CC の設置以降,二年間にわたって機器の機能・性能確認,関連機器・器具の整備を進めつつ,帰還試料の受け入れ・初期記載のリハーサルを実施し,2020年12月の試料帰還本番に備えた.特に,研究機関間輸送に用いる為の密閉型容器(Facility to Facility Transfer C ontainer, FFTC)やチェンバー内で用いる試料容器や治具の仕様については,シール性能の確認なども含めて二次キュレーション高知チームメンバーの助力により開発されたことをここに明記しておきたい [8].本連載その 23 でも触れられているが [3],受け入れ準備の途上において,新型コロナウィルスが全世界で蔓延する状況となった.この為,最初の緊急事態宣言により一ヶ月余り現場作業の休止を余儀なくされたり,作業再開後も国内及び海外拠点との連帯に苦心する事となった.例えば,後述される,初期記載分析機器の一つである赤外顕微鏡 MicrOmega については,開発元のフランス宇宙天体物理学研究所から機器を受け入れる為に,来訪した開発元技術者が二週間の隔離期間を経て,設置・調整作業に当たる,などというような経緯もあった.また,本来は ASRG 人員の少なくとも 1 名はオーストラリアでの再突入カプセル回収作業に立ち会う予定だった所を,その後の帰国後の隔離により本来の試料受け入れ作業に参加できなくなることを鑑み,カプセル回収作業への参加は見送ることとなった.
 

3. カプセルの回収からガス採取まで

当初の予定通り,探査機「はやぶさ2」から切り離された再突入カプセルはオーストラリア現地時間2020年12月06日02時24分頃,オーストラリアウーメラ制限区域(Woomera Prohibited Area , 以後 WPA)内に着地した(図 1).その発見時の経緯の詳細は本連載その 23 を参照して頂きたい [3].
 

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図 1:オーストラリアウーメラ制限区域に着陸した,探査機「はやぶさ2」再突入カプセルの機器モジュールの回収作業の様子.連載その 23 の図 3 の集合写真と同じ木が写っている [3].
画像クレジット: JAXA/JSPS
 

回収された再突入カプセルの内,試料コンテナを含む部分は機器モジュールと呼ばれる.この機器モジュールは WPA 内のオーストラリア軍の施設内に持ち込まれ,バッテリーなどの危険物を取り外した後,試料コンテナを取り出し,施設内に設置されたクリーンブースに持ち込まれた.試料コンテナはその表面の洗浄を行った上で,ガス採取・分析を行う為に開発されたガス採取・分析装置に接続された.真空中でコンテナの底面に穴を開けコンテナ内に密封されていたガスサンプルの大部分は真空ラインに設置されているガスタンクに回収され,ガスサンプルの一部は四重極質量分析計によってその場分析が行われた(図 2).これは地球外天体から回収された世界で初めてのガスサンプルとなる.ガス採取を実施した後,コンテナは真空で密封され,窒素封入された金属ケースに収められて輸送コンテナに収納し,WPA 内の軍用空港からチャーター機で東京国際空港(羽田)まで空輸された.
 

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図 2:オーストラリアウーメラ制限区域内の軍施設に設置されたクリーンブース内で行われた試料コンテナからのガス採取の様子.中央のフランジ上に据え付けられているのが,回収された試料コンテナで,フランジはガス採取・分析装置の真空ラインに接続されている.ガス採取・分析装置には四重極質量分析計,ガス採取用タンクが備えられている.
画像クレジット: JAXA/JSPS
 

4. クリーンチェンバー導入まで

2020年12月08日早朝に東京国際空港(羽田)に着陸したチャーター機から取り出された輸送コンテナはエアサスペンション車に搭載されて JAXA 相模原キャンパスまで陸送された.地元の方々からの歓迎を受けて輸送コンテナを載せたエアサスペンション車は惑星物質試料受入設備に到着し,輸送コンテナは惑星物質試料受入設備に持ち込まれた.この後,試料コンテナは CC に導入されるまでの作業はオーストラリア現地からチャーター機で帰国したサンプラーチーム(SMP)人員 4 名と国内で待機していた SMP 1 名及び ASRG から選抜された共同作業者 2 名により進められた.当時の検疫規定により海外から帰国した邦人は二週間の隔離が必要となっていたが,日本側の人員との接触がないよう対策を講じることを条件に,SMP 帰国班とASRG 2 名,国内 SMP 1 名による帰国直後の作業が認められた.また,オーストラリア輸送から CC への試料搬入まで作業記録係 1 名が帯同した.これらの人員と国内の ASRG メンバーとの完全隔離の為に,2 チームのクリーンルームへの入室口を別々にして動線が交わらない様にし,また,クリーンルーム外では間仕切りを設けて環境を完全に隔離する措置を執った.

このような環境の元,サンプラーチームはまず輸送コンテナから試料コンテナを取り出し,外観チェックを行った.その後,コンテナの外蓋の上に取り付いている背面アブレーターを取り外す為に(図 3),アブレーターをフタに締結しているネジ頭を露出させるべく,フライス盤によるアブレーターの切削作業をクリーンルーム内で実施した.通常,クリーンルームと工作機械はその清浄度の違いから相容れないものであるが,クリーンルーム内に設置された独立排気区画にフライス盤を設置し,機器や切削作業で排出される汚染物がクリーンルームを汚染しない様に配慮した.切削作業により露出したネジを取り外して背面アブレーターを取り外した後,コンテナの外面を真空吸引及び湿式・乾式ワイプにより洗浄を行い,50 μm 以上の汚染物が存在しないのを確認してから,試料コンテナから不要部品を取り外す作業に移った.
 

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図 3:「はやぶさ2」試料コンテナの断面図.主にサンプルコンテナ,サンプルキャッチャー,内蓋,外蓋,ラッチ枠から構成される.内蓋のメタルシールとコンテナのエッジによるメタルシールにより,試料をおさめたキャッチャーは小惑星近傍での閉止時の環境を保っている.この外蓋の上には再突入時の加熱からサンプルを保護する為の背面アブレーターが締結されていた.
画像クレジット: JAXA/JSPS
 

図 3 に示すとおり,試料コンテナの蓋は内蓋と外蓋の二重構造になっており,二つのフタの間にバネが設置されており,外蓋はラッチ枠により固定され,バネの斥力で内蓋をコンテナ下部のメタルシールに押し付けることで真空密封を保持している.部品取り外し作業では,試料コンテナが設置されているフランジごとコンテナ開封機構に設置し,蓋全体を開封機構の器具により押さえ,ラッチ枠を取り外した.ラッチ枠を取り外すことにより外蓋は分離できるようになるので,内蓋を別の器具で押さえて外蓋・バネなどの部品を取り外した.これによりチェンバーに導入可能な状態になったので,導入直前にもう一度真空吸引及び湿式・乾式ワイプにより洗浄を行い,開封機構ごと CC に締結して真空排気を開始し,高真空に到達させた.この一連の作業にあたって,常にコンテナを保持している荷重,及びコンテナの真空度を継続モニターすることで,リークによる地球大気の汚染の無い事を確認しつつ作業を進めた.試料コンテナの日本帰国から三日目,地球への試料帰還から 132 時間(五日半)で試料コンテナは CC まで導入された.
 

5. クリーンチェンバー内での帰還試料取り出し

図 4 に「はやぶさ2」帰還試料用 CC の俯瞰写真を示す.CC は CC 3-1, CC 3-2, CC 3-3, CC 4-1, CC 4-2 の 5 室から構成される.CC の番号が 3 から始まっているのは,「はやぶさ」初号機帰還試料用 CC である CC 1,CC 2 との混同を避ける為に通し番号とした事に因る.CC 3-1, CC 3-2 が真空環境でのコンテナ開封,一部試料回収の為,CC 3-3 が試料取り扱い環境を真空から高純度窒素に変換する為,CC 4-1, CC 4-2 が高純度窒素環境で試料の取り出し,初期記載を実施する為に準備された [7].「はやぶさ」初号機では真空でのコンテナ開封以降,S 型小惑星イトカワからの帰還試料は全て窒素環境で取り扱われたが [9, 10],C型小惑星リュウグウの帰還試料を取り扱う「はやぶさ2」帰還試料用 CC では,試料に含まれると推定される地球外起源の主に炭素,窒素,酸素,水素からなる有機物を窒素環境にも触れさせたくない,というサイエンス側からの要求を受け,試料の一部を真空環境で取り分けられるような仕様になっている.
 

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図 4:「はやぶさ2」帰還試料用 CC の俯瞰写真.右下から反時計回りに CC 3-1,CC 3-2,CC 3-3,CC 4-1,CC 4-2 という配置になっている.CC3-1, CC 3-2 は真空作業用,CC 3-3 は真空及び高純度窒素作業兼用,CC 4-1, CC 4-2 は高純度窒素作業用となっている.
画像クレジット: JAXA/JSPS
 

さて,試料コンテナの CC 導入以降の作業担当は,ASRG メンバーに引き継がれた.コンテナを設置したコンテナ開封機構フランジは前述の CC 3-1 に接合され,真空排気された.高真空環境において,真空ホールド状態にしてから,コンテナ開封機構により内蓋を内蓋に締結されたサンプルキャッチャーごと上昇させ,試料コンテナを開封した.図 5 にサンプルキャッチャーの模式図を示す [11].
 

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図 5:「はやぶさ2」サンプルキャッチャーの構造を示した模式図.[11] の Fig. 14 の一部を抜粋.サンプルの入り口である回転筒が回転することにより,採集試料を三つの部屋(A 室,B 室,C 室)に取り分けることが出来る.
画像クレジット: JAXA/JSPS
 

サンプルキャッチャーは回転筒を中心に三つの部屋に区切られており,A 室に小惑星リュウグウ表面における 1 回目のタッチダウンの試料が,C 室に 2 回目のタッチダウンの試料が収められている [2, 11].試料コンテナから取り出されたサンプルキャッチャーは上下反転して A 室を上に向けた状態で同じく高真空環境の CC 3-2 に搬送され,CC 3-1 と CC 3-2 間ゲートバルブは閉じられた.この際,CC 3-1 内に残された試料コンテナ内には黒色の粉体試料が確認された.CC 3-2 にはキャッチャーを設置できるステージが三箇所準備されており,ステージ 1 が A 室フタネジ取り外し及び A 室フタ取り外し,ステージ 2 が試料観察・ピックアップ,ステージ 3 が A 室フタ清掃及び石英フタ取り付け CC 3-3 搬送,とそれぞれ異なる機能を備えている.CC 3-1 から CC 3-2 のステージ1に搬送されたキャッチャーは,まずステージ 3 にて A 室フタ表面をテフロンヘラでワイプすることで表面に付着している微粒子を取り除いた.これはこの後の静電チャックによるフタの吸着の際の障害を取り除く為の措置である.キャッチャーはステージ 1 に戻され,A 室フタを締結している六角穴ボルト 4 本の取り外し・回収を実施した.これによりキャッチャー A 室フタは取り外し可能となった.続いてステージ 1 上で静電チャックによってフタを取り外した.ここで初めてキャッチャー A 室内部に捕獲されている 1 回目のタッチダウン試料を目にすることが出来た.この作業は,普段のクリーンスーツ着用に加えてゴーグルも装着するなど十分な感染対策を実施した上でサンプラーチームも立ち会う中で行われた.想定を上回る大量の試料が A 室に収められているのが確認され(図 6),両チームのスタッフで喜びを分かち合った瞬間だった.
 

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図 6:CC 3-2 内で「はやぶさ2」サンプルキャッチャー A 室を開封した様子.多数の黒色粒子が収められていた.この A 室に収められているのは,小惑星リュウグウ表面で実施した 1 回目のタッチダウンで捕獲された試料である.キャッチャーの外径は 48 mm.
画像クレジット: JAXA/JSPS
 

その後,キャッチャーはステージ 2 に搬送され,ボアスコープによる写真撮影を実施した上で,キャッチャー A 室内一部試料を専用器具によりピックアップし,2-3 mm サイズの粒子 2 個が真空中で取り分けられ,合成石英ガラス製の容器に回収された.残りの大部分の試料を収めたキャッチャーはステージ 3 に送られ,合成石英ガラス製の仮蓋を取り付けた後,真空環境の CC 3-3 に搬送された.キャッチャーの CC 3-3 搬送後,CC 3-2 と CC 3-3 の間のゲートバルブは閉じられ,以後,現在に到るまで,試料コンテナ内にこぼれたていた粉体試料は CC 3-1 内に,取り分けられたリュウグウ A 室粒子 2 個は CC 3-2 内に真空環境のままで保管されている.

上記のゲートバルブ閉止後,キャッチャーを受け取った CC 3-3 は高純度窒素スローリークにより大気圧高純度窒素環境へ移行した.以後,グローブによるハンドリングに移行するので,サンプルキャッチャーを汚染させずにハンドリングする為に,まず,キャッチャーにアタッチメントを取り付けてから,内蓋とキャッチャーを締結している六角穴ボルト 4 本を取り外し,キャッチャーは CC 3-3 から CC 4-1 を経由して CC 4-2 に送られた.CC 4-2 ではキャッチャーごとサンプルステージに設置され,実体顕微鏡による A 室全体の写真撮影が行われた.その後,アタッチメントごとキャッチャー全体の秤量が行われて,風袋重量を差し引いた,この時点でのキャッチャー内の帰還試料の総重量は 5.424±0.217 g であった.その後,キャッチャーは CC 4-1 に戻され,専用治具を使って分解・試料回収が行われた.キャッチャー A 室試料は φ 23 mm のサファイアガラス製容器三つに,キャッチャー B 室試料は同容器一つに,キャッチャー C 室試料は同容器三つに回収された.まず,このバルク試料に対して,後述の初期記載が行われた後,真空ピンセットを用いてバルク試料中の大きい粒子から順に拾い出しと初期記載を順次行っている.
 

6. 帰還試料の初期記載

6-1. 初期記載手法

まずここでは初期記載手法について述べる.「はやぶさ2」帰還試料の初期記載では,後に続く初期分析への影響を考慮し,非汚染・非破壊を原則とした五つの手法が適用された.初期記載では既に前述されたものも含めて,実体顕微鏡による光学観察・撮像,電子天秤による秤量,フーリエ変換赤外分光計(FT-IR)による赤外反射スペクトル測定,赤外分光顕微鏡 MicrOmega による赤外線反射スペクトル撮像,そして,6 バンドフィルターデジタル顕微鏡による可視分光スペクトル撮像・分析となる.これら全ての初期記載が CC の高純度窒素環境下で実施された.

顕微鏡はニコン製双眼実体顕微鏡 SMZ1270i をベースに付属の電動制御ステージを開発し,CC 4-2 上に取り付けてある.CC 4-2 は上面前面がガラス窓で構成されており,この窓を介して CC 4-2 内の手動サンプルステージに設置された試料の観察・撮像を行う仕様となっている.電動制御ステージを活用した広範囲マップ撮影や立体物の全焦点画像撮影も可能である.顕微鏡のズーム倍率変更の度にスケールキャリブレーションを実施し,正確な寸法測定に努めた.

電子天秤はメトラー・トレド製 XP-404S(最大計量値 410 g,最小表示 0.1 mg)をベースに秤量部と表示部を分離し,有機物による汚染を最小限に抑えるため,チェンバー内に入れる秤量部に改造を加えた.秤量部はカバーを SUS 304 製の工作品に置き換えて可能な限りシールを施し,信号・電源ケーブルはテフロン被覆のものに交換し,ハーメチックシールフランジを介してチェンバー外の表示部と結線して計測できる様にした.チェンバー内の窒素環境による帯電の影響を抑制する為に,ステンレスメッシュを内張した石英ガラス製風防を準備した.試料秤量前に標準分銅の秤量を実施し,秤量値の再現性を確認している.

FT-IR はゲートバルブを介して CC 4-2 に締結された専用チェンバー上に本体が設置され,チェンバーのサファイアガラス製ビューポートを介してチェンバー内に設置された試料の赤外反射スペクトルを測定できる様な仕様になっている.本体は日本分光製 VIR- 300(測定波長域 1~5 μm,In-Sb 検出器搭載,入射・出射角それぞれ 16°,実効最少ビーム径 1 mm 程度)で,チェンバーに対して本体を上下動させることで,チェンバー内に固定されている試料に対して焦点位置を合わせる.チェンバー内には試料と一緒にリファレンスとしてインフラゴールドが設置されており,インフラゴールドでバックグランド測定を行い,試料測定前後にリファレンスとしてインフラゴールド測定を実施している.

MicrOmega はフランス宇宙天体物理研究所が開発し,JAXA-CNES 連携協定により JAXA に提供された分析機器で,ほぼ同等性能の機器が「はやぶさ2」搭載着陸機 MASCOT にも搭載されていた [12].測定波長域は 0.99~3.65 μm,ピクセルサイズ 22 μm で,CC 3-3 に締結された付属チェンバー内の XYZθ 軸電動ステージ上に設置されたサンプルに対してサファイアガラス製ビューポートを介して赤外反射スペクトルイメージングが可能な仕様となっている.FT-IR だと数 mm の試料上で多くても 2,3 点程度しか測定できないが,MicrOmega では同じサンプルの 100 μm レベルの組織に対してのスペクトル測定が可能である.キャリブレーションの為に二~三ヶ月に 1 回程度の頻度で 99 % スペクトラロンとインフラゴールドの測定を行っている.

可視分光スペクトル分析は,CC 4-2 上の実体顕微鏡を退避し,CC 4-2 上のフレームに組み付けられたモノクロ CMOS カメラ Kiralux CS895MU と 6 バンドフィルター(ul : 0.39 μm, b : 0.48 μm, v : 0.55 μm, Na : 0.59 μm, w: 0.70 μm, x : 0.85 μm)付き光源を使用して行う.CC 4-2 内のサンプルステージ上に設置された試料に入射角 30 度で単色光を照射し,垂直の位相から撮像した画像を解析し,スペクトルを得た.この可視光 6 バンドの波長は探査機「はやぶさ2」に搭載された光学航法カメラ ONC-T に搭載されたバンドパスフィルターの波長と対応している [13-15].
 

6-2. 初期記載結果

上記に上げた五つの項目についての初期記載を,まず前述のA室3つ,C室3つのバルク試料に対して実施した.これらの成果は [16, 17] にまとめられているが,ここではその図表を引用しつつ,リュウグウ試料初期記載により明らかになったことを紹介する.まず,バルク試料の秤量により,1 回目のタッチダウン試料を収めたA室からは 3.237±0.002 g,2 回目のタッチダウン試料を収めた C 室からは 2.025±0.003 g の試料が回収された事が判明した.A 室,C 室それぞれのバルク試料が収められたサファイア容器の顕微鏡写真を図 7 に示す.
 

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図 7:「はやぶさ2」サンプルキャッチャー A 室(a-c)と C 室(d-f)からサファイアガラス製容器に回収されたリュウグウ帰還試料の光学顕微鏡写真.文献 [16] の Extended Data Fig.1 を使用.黒色の数 mm の粒子からサブ mm 以下の微粒子で構成される.C 室からはこれらの粒子とは別の容器に最大 10 mm 超の小石サイズの粒子が 10 個以上回収されている.
画像クレジット: JAXA/JSPS
 

リュウグウ帰還試料が黒色の数 mm の粒子からサブ mm の微粒子から構成されることが分かるが,特に注目すべきはこれらの試料の表面を観察した限りでは,コンドライト隕石に典型的な chondrule や CAI (Ca-, Al-richinclusion)が見られないことである.

この A 室及び C 室のバルク試料に対して実施した FT-IR 分析による赤外反射スペクトルを図 8 に示す.
 

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図 8:FT-IR 分析により取得された「はやぶさ2」帰還 A 室及び C 室バルク試料の赤外反射スペクトル.文献 [16] の Fig. 3b を一部改変して使用.比較の為に「はやぶさ2」搭載近赤外分光計によって得られたリュウグウ表層全球の赤外反射スペクトルを示す [18].
画像クレジット: JAXA/JSPS
 

A 室,C 室共に 2.7 μm に大きな吸収,3.1 μm 及び 3.4 μm に微弱な吸収の特徴が見られた.これらはそれぞれ O-H 結合,N-H 結合,及び C-H 結合若しくは炭酸塩の吸収波長に対応しており,試料の大部分を層状ケイ酸塩などの含水鉱物が占めており,炭酸塩鉱物及び窒素化合物を含む有機物が含まれていることが示唆される.この傾向は MicrOmega によるバルク試料分析でも同様であり [17],二種の異なる分析機器の結果が矛盾しない事でデータの妥当性が保証された.図 8 中には探査機「はやぶさ2」搭載近赤外分光計 NIRS3 によるリュウグウ天体全体の表層反射スペクトルが比較対象として示されているが [18],反射率や 2.7 μm の大きな吸収特性は同等であり,これは帰還したリュウグウ試料がリュウグウ表層全体の代表的な物質であることを示している.

可視分光測定によって得られた,A 室,C 室バルク試料の可視光 6 バンド波長の反射スペクトルを図 9 に示す.比較の為に「はやぶさ2」搭載光学航法カメラ ONC-T によって得られたリュウグウ表層全球の可視反射スペクトル [14],及びリュウグウと同じ C 型小惑星を起源に持つと思われる始原的炭素質コンドライト隕石の実験室データ [13, 19] を示す.
 

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図 9:可視分光分析により取得された「はやぶさ2」帰還 A 室及び C 室バルク試料の可視反射スペクトル.文献 [16] の Fig. 4 を使用.比較の為に「はやぶさ2」搭載光学航法カメラ ONC-T によって得られたリュウグウ表層全球の可視反射スペクトル [14],及びリュウグウと同じ C 型小惑星を起源に持つと思われる始原的炭素質コンドライト隕石の実験室データ [13, 19] を示す.
画像クレジット: JAXA/JSPS
 

A 室,C 室バルク試料はリュウグウ全球平均と同等の反射率で平坦なスペクトルを示しており,FT-IR と NIRS3 の比較と同様に,帰還したリュウグウ試料がリュウグウ表層全体の代表的な物質であることを示している.また,帰還試料の反射率は,同じ入射・出射角の条件で実験室測定された,どの始原的炭素質コンドライト隕石のものよりも低い値を示した.これもリュウグウ試料の大きな特徴の一つである.

前述したとおり,バルク試料に対する分析の後,それらの試料から 1 mm 以上の粒子のピックアップを実施した.合成石英ガラス製シャーレ上に拾い出された粒子は A,C 室合わせて 1000 個以上になった.このシャーレを顕微鏡でマップ撮影し,画像処理ソフトで個別粒子の最大フェレー径と最小フェレー径を算出し,各粒子の平均粒径を求めた.この A 室,C 室個別粒子の平均粒径(横軸)と積算個数(縦軸)の関係をそれぞれ対数表示したグラフを図 10 に示す.
 

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図 10:「はやぶさ2」サンプルキャッチャー A 室及び C 室バルク試料から拾い出された個別リュウグウ粒子の平均粒径(横軸)における積算個数(縦軸)を対数プロットした粒度分布.文献 [16] の Fig. 1 を使用.全般的に平均粒径 2 mm を切る辺りから傾きが小さくなっている.
画像クレジット: JAXA/JSPS
 

この図において粒径 2 mm 以下で急速に積算個数が増えなくなってプロファイルの傾きが小さくなるのは,大きな粒子から拾い出し,2 mm 以下の粒子は未だ拾い切れていないというスケジュールを優先した選択的ピックアップによる人為的な影響が原因と考えられる.この種のグラフでは一般的に傾きにより粒度分布を評価するが,人為的な影響を排除する為,傾きが急速に変化する前までの値で,A 室,C 室,全体(A 室+C 室)について傾きを計算した.その結果,A 室が -4.59±0.44,C 室が -3.15±0.20,全体(A 室+C 室)が -3.88±0.25 となった.この傾きの絶対値が大きいほど,小さいサイズの粒子が多いサイズ分布である事を示す.A 室の絶対値が C 室と比較して大きいのは,C 室の試料総重量が A 室より小さいのに最大粒子が C 室から回収されている点と合っている.A 室の粒度分布が比較的均質であるのに対して,C 室の粒径が大きい側の分布が歪なのは,2 回目タッチダウンにより回収された C 室試料に探査機「はやぶさ2」搭載小型衝突装置(Small Carry-on Impactor,SCI)によって作られた人工クレーターからの放出物が含ふくまれている事が原因となっている可能性がある [20, 21].実際,2 回目タッチダウン地点は SCI 人工クレーターから 20 m の距離にあり,一定量のクレーター放出物が含まれていると見込まれている [2, 21].また,回収試料全体(A 室+C 室)のサイズ分布の傾き(-3.88)は,ONC-T で観測されたリュウグウ全球の 5 m 以上の岩塊のサイズ分布の傾き(-2.65)よりも大きい [22].これについては,元々のリュウグウ表層のレゴリス粒子のサイズ分布が破壊や熱疲労などの小天体表層プロセスにより岩塊より細かくなった可能性もあるが,一方でサンプリング時のタンタル製弾丸撃ち込みによる衝撃や,採集後の地球までのフライト・地球大気圏再突入・着陸の衝撃・カプセル回収後の空輸・陸送による振動・惑星物質受入設備内でのハンドリング時などの二次的プロセスによる破壊の影響も否定できない.現時点では帰還試料の粒度分布から,リュウグウ表層レゴリス粒子の粒度分布に対する強い制約を与えることは難しい.

個別に拾い出された粒子はそれぞれサファイアガラス製個別容器に収納され,光学顕微鏡撮像,秤量が行われている.A 室,C 室合計 200 個強までの個別粒子の記載を終えた時点での顕微鏡画像から,粒子の水平方向の最大・最少フェレー径(a, b),及び粒子の最高点と容器面との焦点位置から求めた粒子の垂直方向の高さ (t) を計測し,個別粒子の 3 次元平均粒径(Dp)を次式 (1) により求めた.

不定形粒子の 3 次元平均粒径から粒子体積を推定する次式 (2) により個別粒子の体積(Vp)を推定した [23].

式 (2) により算出された Vp と実際に秤量された個別粒子の重量から導き出した,個別リュウグウ粒子の全体密度の分布を図 11 に示す.
 

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図 11:サンプルキャッチャー A 室及び C 室から回収された個別リュウグウ粒子の全体密度(kg m-3)の分布.文献 [16] の Fig. 2 を一部改変して使用.A 室粒子と C 室粒子で分布が大きく変わらないのが分かる.ここに挙げられている A 室,C 室個別リュウグウ粒子の全体密度の平均値は 1282±231 kg m-3 である.比較の為に「はやぶさ2」近傍観測により推定されたリュウグウの全体密度 [1],始原的炭素質コンドライト隕石である CI コンドライト隕石 [24] 及び TagishLake 隕石 [25] の全体密度の文献値を示す.
画像クレジット: JAXA/JSPS
 

この分布が示すとおり,A 室粒子と C 室粒子で全体密度の分布には大きな違いは無く,それらの粒子の全体密度の平均値は 1282±2 31 kg m-3 だった.これに対して,「はやぶさ2」の近傍観測から求められたリュウグウの全体密度は 1190±20 kg m-3 [1],リュウグウと同様の C 型小惑星が起源と思われる始原的炭素質コンドライト隕石である CI コンドライト隕石の全体密度が 2110 kg m-3,TagishLake 隕石の全体密度が 1660 kg m-3 である [24, 25].Tagish Lake 隕石が報告されている最も全体密度の小さい隕石なので,リュウグウ帰還試料は既知のどの隕石よりも全体密度が小さいことになる.更に,リュウグウ帰還試料と最も似ている CI コンドライト隕石の粒子密度(内部の割れ目,空隙を除いた試料部分のみの密度,2380 kg m-3)からリュウグウ粒子の空隙率を計算すると,46 % となる.この空隙率の値は,中間赤外カメラ TIR の観測データと着陸機 MASCOT 搭載の熱放射計 MARA の観測データから推定されたリュウグウ表層の空隙率 30-50 % の範囲内に収まり [26, 27],小惑星リュウグウの観測データとも矛盾しない.

これらのリュウグウ帰還試料の初期記載データをまとめて,既知の始原的炭素質コンドライト隕石 [24, 25, 28-30] と比較した結果を表 1 に示す.
 

表 1:リュウグウ帰還試料と既知の始原的炭素質コンドライト隕石[24, 25, 28-30]の比較.

  0.55 μm
における反射率
CAIs
(体積 %)
Chondrules
(体積 %)
全体密度
(kg m-3)
3 μm 帯吸収
 
Ryugu ~0.02 観察されず 観察されず 1282±231 有り
CI 0.063 < 0.01 0 2110 有り
Tagish Lake 0.02 稀に存在 < 17 1660 有り
CM 0.065 1.21 20 2120 有り
CR - 0.12 55 3100 有り
CO 0.10-0.13 0.99 40 2950 無し
CV 0.086 2.98 45 2950 無し

 

始原的炭素質コンドライト隕石に比較すると,CI コンドライト隕石と最も特徴が似通っていると言える.ただし,既知のどの隕石よりも反射率が低く,全体密度が小さい,という特徴を持っている.今後,出版される初期分析の成果により既知の隕石との比較の詳細が明らかになるだろう.
 

7. 試料配布

上記の論文出版後も初期記載は進み,現在,個別容器に拾い出されて顕微鏡撮像・秤量が終わった粒子の数は 400 個を超える.それらの粒子について順次 FT-IR 分析,MicrOmega 分析,可視分光測定を進めている.これらの初期記載データは Ryugu Sample Database System にまとめられて公開されている ( https://darts.isas.jaxa.jp/curation/hayabusa2/ ) [31].

本連載その 20 に言及されている予定通り [7],これらの初期記載の完了した粒子の一部について,昨年06月に国内外の選抜された研究者から構成された初期分析チームと国内の連帯協力機関を中心とした二次キュレーションチームに対して,それぞれ全体の 6 wt% と 4 wt% にあたる試料を配分し,分析研究が進められている.その配分割合については当初の想定を上回る試料が回収された為,帰還前に想定されていた [7] の比率からは若干変更されている(図 12 参照).この夏にもその分析成果は論文として出版される運びとなっている.
 

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図 12:「はやぶさ2」帰還試料の配分比率及びスケジュール.2021年06月試料全体の 6 wt% が初期分析チームに,4 wt% が 2 次キュレーションチームに配布され研究が進められている.本稿が出版される頃には国際公募研究への配布が始まる予定である.
画像クレジット: JAXA/JSPS
 

更に,JAXA と NASA との間で結ばれた覚え書きに基づき,試料の 10 wt% について,NASA に引き渡した.また,04月下旬まで上記のデータベースで公開されているリュウグウ粒子の一部を対象に研究公募を行い,評価の高かった研究申請者に対して本稿が出版される06月頃には配分が始まる予定になっている.次の研究公募もこの冬配布予定で準備が進められており,初期分析の成果発表以降も引き続き研究成果が次々と発表されると期待される.
 

8. 今後の予定・展望

本誌『火の鳥「はやぶさ」未来編』連載その 25 でも紹介されたとおり [32],「はやぶさ2」探査機は拡張ミッションに向けて再び地球を離れたが,地球に帰還したリュウグウ試料は,今後数十年に渡って貴重な初期太陽系・小天体表層の情報を提供し続けるだろう.また,来年09月にはリュウグウと同じく始原的小天体と目される B 型小惑星ベンヌから NASA の探査機 OSIRIS-REx が試料を地球に帰還させる予定であり,前述の JAXA-NASA 間の覚え書きに基づき,その 0.5 wt% は JAXA に提供される予定である [33].JAXA ではこの試料も「はやぶさ2」帰還試料と同様に,初期記載・研究供与を実施する予定であり,このベンヌ帰還試料とリュウグウ帰還試料との比較により,太陽系の始原的小天体の知見を大きく躍進すると期待される.更に,2024年には JAXA が火星衛星探査機 MMX(Martia n Moon eXplorer)を打ち上げる予定である [34].この MMX は火星の衛星であるフォボスの表層から試料を採集し,2029年には地球に持ち帰る予定で,火星衛星の起源や内惑星―外惑星領域間の相互作用の影響についても新たな知見をもたらすと期待されている.今後も,JAXA における帰還試料キュレーションは惑星物質科学において中心的な役割を担っていくことになる.この将来にわたって保持・管理されるべき人類の宝である帰還試料のキュレーションを担う次世代のキュレーターの育成も重要な課題である.JAXA 宇宙科学研究所 ASRG では一般へのアウトリーチを積極的に進め,次世代を担う人材を広く発掘し,その育成に努めていく.
 

謝辞

小惑星探査機「はやぶさ2」が無事小惑星リュウグウの試料を地球に帰還させ,今日我々が試料を手にしているのも,プロジェクトの立ち上げ,設計・製造・組み立て・試験,打ち上げ,往路・近傍・復路運用,試料の帰還・回収まで携わって頂いたプロジェクトチームのメンバー,関連業界の研究者及びメーカー担当者の方々のご尽力,そして応援して下さった方々があってのことである.ここに厚く御礼申し上げたい.また,試料容器類の開発に尽力して頂いた,二次キュレーション高知チームメンバーに多大なる感謝を申し上げたい.本稿の執筆にあたって,三浦均さんには種々のサポートを頂いたので,ここに謝意を表したい.
 

参考文献

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Akira IMOTO

Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan

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